本当に正しく知りましょう。聖書と新天地
この内容は教会や聖徒の信仰知識のために共益的な目的で聖書を根拠として書いたものです。
また、この内容は教会や聖徒たちの真信仰のため
「あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい」と仰せられた
イエス様の御言葉(マタ5:37)を根本として書いたものです。
聖書は、だいたい歴史と預言で記録されている。神様は将来に成し遂げることを預言されて、時になれば、その預言を成し遂げられた。
神様の6千年の歴史と預言のうち、新約の啓示録(黙示録、以下啓示録と表記)の預言が最も重大だと言えるだろう。この預言が記録されてから約2000年になっても、地球村にはその意味をわかる者がいなかった。一体、何が記録されていて、神様は七つの印を押して封じて持っておられたのだろうか?約2000年が過ぎた今日、この啓示録の本が開かれて公開された。
初臨の時、ユダヤ教の教理はモーセの律法であり、イエス様の教理は旧約が成し遂げられた実状を証しする啓示の御言葉であった。
初臨の時は、旧約の預言をわかる者がいなかったが、神様が封じた本(巻き物)を開いて、預言を成し遂げられ、その開かれた本をイエス様に食べさせて下さり、その成し遂げられたことをイスラエルの民族(ユダヤ人)に証しさせた(エゼ3章、マタ15:24)。しかし、あれほど待っていた旧約の約束の牧者イエス様を、神様が遣わされたにもかかわらず、ユダヤ人たちはイエス様を信じず迫害し、結局、殺した。では今日、そのイエス様が再臨されるなら、今度は受け入れるだろうか?(マタ25章を読んでみたのか?)
新・旧約聖書を調べるのは、その中にある約束を信じるためである。ところが、神様が約束されたことを成し遂げられても信じないのは、悪霊の妨害によるものではないかと思う。再臨の時も、イエス様の約束とその成し遂げたことを信じず、また迫害して妨害するのは、悪魔の霊によるものである。イエス様の初臨の時、エルサレムの牧者たちが、イエス様がされることを妨害したこと以上に、今日のプロテスタント教会が、また新天地がすることを妨害している。これは、彼らが皆、悪魔の操縦を受けているからである。わけもなく、なぜ迫害するのか?事実を確認してみたのか?
再臨の時である今日、プロテスタント教会の教理は、旧約の預言が成し遂げられたことを証しする福音である。そして新天地の教理は、新約である啓示録の預言とその成し遂げられた実状を証しする啓示の御言葉である。
新天地は聖書の働き6千年のうち、最後の働きである啓示録を証ししている。しかし、プロテスタント教会は、また迫害を武器にして、新天地がすることを妨害している。しかし神様は、約束通り新天地を創造され、もうすぐ審判の時が来る。この審判の時、啓示録に約束した印を押された12枝派以外は、審判されて、罰を受けることになる。これは本当である。悔い改めなさい。