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本当に正しく知りましょう。聖書と新天地
この内容は教会や聖徒の信仰知識のために共益的な目的で聖書を根拠として書いたものです。
また、この内容は教会や聖徒たちの真信仰のため
「あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい」と仰せられた
イエス様の御言葉(マタ5:37)を根本として書いたものです。
昔私は、信仰生活をせず、田舎で農作業をしていた。田舎の農地に、農作業用の仮小屋を建て、そこで寝起きし、父と共に農作業をしていた。
幼い時は、祖父が天を仰いで祈る姿を見て私もその通りに祈り、また後には、最前線の戦闘兵として戦争に出兵し、生きて帰って来たことに感謝する気持ちで、私は毎日、朝に夕に天の神様に祈った。ある日の夜、祈っている時、天の大きな星が私にやって来た。この星は三日間、夜に続けてやって来た。その光があまりにも明るく、見つめることができなかった。その大きな星を父も見て「これは、韓国に優れた人材が現われる前兆だ」と言った。結局、私はこの星の導きで信仰をするようになった。この時は、聖書を読むことが、私の信仰であった。そして、聖書の御言葉がおもしろくて、信仰心に火がついた。それゆえ、私は「この聖書の御言葉が私の骨と肉になり、私が「歩く聖書」となって、この聖書の本が私であり、私が聖書の本になるのだ。」という気持ちで、聖書の御言葉を愛した。
大きな星の導きで果川の幕屋聖殿に行った。そこで、ある事件によって果川から田舎に下り、7年間、セマウル(村おこし)運動をして過ごした。ある日、友人に会いに済州島に行き、戻って来る途中、私の村の前で、東北の方の天から来られる白い光のイエス様に出会った。この時イエス様は私に語られ、その指示に従い、再び果川に来た。そして、幕屋聖殿が置かれた現実を見せて下さり、啓1-3章の七人の使者たちに手紙を送るように指示された。また、幕屋聖殿に入って来たニコラオが、そこで行った事々を見た。それゆえ、私は誰よりも七人の使者たちと侵入者ニコラオをよく知っている。事件の現場で見て聞いて触れた者なので、彼らをわかるのである。私は、彼らと言葉も交わしたので、彼らをよく知っている。彼らも私をよく知っているだろう。これは、確実な、「末世の事件」である。
ある日、祈っていた時、祈りの中で開かれた本の御言葉を受けて食べた。当時の私は、家も食べ物もなく、寝る場所もなしに、約3年間、山に住んでいた。しかし、山で草を採って食べてでも、この御言葉を伝えたかった。
私が信仰の道を歩むうち、並外れて特異なことがある。新約の啓示録(黙示録、以下啓示録と表記)の本の預言通り現われた数々の実体を見たことである。どこで?果川所在の清渓山のふもと幕屋聖殿で。本当に広い世の中で、この本、啓示録に精通する教会や牧者は誰もいなかった。幕屋聖殿で起った事々を見ても、これが啓示録通り現われた実体であることを、私のように悟った人はいなかった。これは、イエス様が啓示録全章の預言の実体まで私に見せて下さったからであった。
啓示録は、新しい創造の事件である。以前のことで自慢などすることはない。啓示録の設計通り、加減なく再創造された人が完全な人である。それゆえ、啓示録の成就以前の人と、啓示録の成就の時、創造された人は違う。これは神様の御心である。啓示録の成就の時の収穫も、印を押されることも、12枝派の創造も「新しいこと」である。それゆえ、啓示録の成就以前の人と以後の印を押された人は、違うと言ったのである。
神様の御心通り再創造された者たちは、1.神様の種で生まれた者たち、2.収穫された者たち、3.印を押された者たち、4.約束の新しい国12枝派に登録された者たち、5.神様と天国が来られて共にいる12枝派、6.敵と戦って勝利した者たちである。
私は、新約の啓示録が成し遂げられた実状を見た者であり、知っている者である。私以外に、この啓示録を知っている者は、地球村のどこにもいない。この啓示録は一つの時代が終わり、再び創造される一つの時代について記録された。この時、創造された新しい国に神様と天国が来られる。この事実を知っている者は、この世のそのどんなことよりも価値あることを得た人である。しかし、これが事実であっても、世の人々は、安逸な心を持ち、これを喜ばない。これは、彼らの心が腐敗したという証拠である。
新しい時代の神様の国は、言葉で表現することができないほど美しい天国である。しかし、世の人々のうち、「ここ」をわかる人はいない。人々は、世の生活に慣れてしまった。今は、良いも悪いも関係ないくらいに世の生活が良くなったのである。しかし、来る世は永遠に生きる世界である。今の世の人々は、大部分100歳前に死ぬ。だから、永遠のいのちは本当にお金でも、権威でも買うことができない尊いものである。
啓示録の本の結論は、神様の種で生まれた者、収穫された者、印を押された者、12枝派に登録された者に、神様と天国が来られて、永遠に共に生きるのである。 アーメン。