本当に正しく知りましょう。聖書と新天地
この内容は教会や聖徒の信仰知識のために共益的な目的で聖書を根拠として書いたものです。
また、この内容は教会や聖徒たちの真信仰のため
「あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい」と仰せられた
イエス様の御言葉(マタ5:37)を根本として書いたものです。
約2千年前、イスラエルのナザレ村の大工の息子イエス様が伝えられた福音の知らせが、全世界に広がった。今日、その種を受けた新天地が伝える啓示の御言葉(啓(黙示録、以下啓示録と表記)1:1「すぐに起るはずの事」が成し遂げられたこと)が、全世界に鳴り響いている。これが神様の栄光、イエス様の栄光、新天地の栄光である。またこれは、キリスト教世界の栄光であり、光である。これを聞かなかったと言うことはできないだろう。
アフリカのウガンダ、マダガスカル、インドなどで、新天地の啓示の御言葉を聞いて、数百ヶ所の諸教会が、自分の教会の看板まで新天地(新天地イエス教証しの幕屋聖殿)に掛け替えた。この知らせを聞かなかったのか?
「新天地」という名称は、啓21章の以前の天と以前の地がなくなり、創造された「新しい天、新しい地」の漢字語で、ここに神様と天国が臨んで来られる。この事実を悟った各国の諸教会が、教会の看板まで「新天地」に交換して掛けた。これは、まるで初臨の時、モーセの律法からイエス様の自由律法に変えたように、新しい時代の新天地の看板に変えたのである。この知らせを聞かなかったのか?今、モンゴルでも、共産主義国家、中国でも、新天地の啓示の御言葉を信じる者たちの数が少なくない。
我が国、大韓民国の牧者たちは、聖書をどこかに放り投げて、深い眠りの中に落ちているのか?新しい朝の太陽が明るい。さあ、早く起きなさい。来られる神様とイエス様と天国を迎えなければならない。新天地は、深い眠りに落ちた者たちを目覚めさせるために来た。この知らせが聞こえないのか?さあ、早く起きなさい。太陽が中天にかかった。
我が国(韓国)は、東方の地の果ての国である。ここで神様の最後の働きが成し遂げられて終わる。もうすぐ、審判が始まる。啓示録を加減すれば、天国に入れず、のろい(災害)を受けると言った。ところが、韓国の教会の牧者たちは、皆啓示録を加減した。そうでしょう?それゆえ、再び生まれなければならない。高慢であっても、知識がなくても、天国に入れない。再び生まれなければ、地獄にしか行けない。
新天地は、海に落ちた皆さんの手を掴んでいる。この手を握って、神様の御言葉の中に入ろう。末世の大患難の時の避難所、救いの方舟は、唯一新天地だけである。今はノアの時と同じである。
今の牧者たちは、目が見えず、耳が聞こえない、死んだ心霊である(啓17-18章参考)。毎月、十二種の実を結ぶいのちの木の実体である新天地に来てこそ、いのちの木の実、すなわち、真理の御言葉を(啓2:7、啓22:1-2)食べるようになる。
牧者たちが、啓21章と22章のいのちの木の実を見ても、それがわからないということは、耳も目も心も死んでいるからである。このすべての御言葉を、新約聖書で確認してみなさい。このいのちの木の実を食べなければ、聖なる都に入れない。
啓示録を加減しても天国に入れると思うのか?入れない。自分を欺くことはできない。真理は、いのちの木から出てきている。毎月、十二種の実を結ぶいのちの木ということである(啓22:1-2)。
啓示録の最後の働きは、審判である(啓18章)。この時、どうする積りで我を張るのか?世の中で起っている事々を聞かなかったのか?もう、寝るのはやめて起きなさい。新天地が勧める。