本当に正しく知りましょう。聖書と新天地
この内容は教会や聖徒の信仰知識のために共益的な目的で聖書を根拠として書いたものです。
また、この内容は教会や聖徒たちの真信仰のため
「あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい」と仰せられた
イエス様の御言葉(マタ5:37)を根本として書いたものです。
新しい契約、啓示録(黙示録、以下啓示録と表記)の約束通り新しい天、新しい地(新天地)に、天の聖なる都、新しいエルサレムと神様が臨まれる(啓21章)。水晶のようにきよいいのちの水の川が、神様とイエス様の御座から出て、大通りの中央を流れ、この川の両岸には、いのちの木があり、毎月、十二種の実を結び、この木の葉は、薬の材料となり、万国を蘇醒すると言った(啓22:1-2)。このいのちの木の実を食べれば、永遠に生きると言われた(創3:22)。この木に鳥たち、すなわち、「天鳥」たちが来て巣を作り新しい歌を歌う。そして、いのちの水の川のほとりには、漁師たちが集まって釣りをする。このいのちの木については、創2-3章とエゼ47章と啓22章に記録(紹介)されている。もちろん詩篇と箴言にもある。啓示録には善悪の実の木も出現したが、この善悪の実の木は審判されてなくなる(啓17-18章)。
聖書の事件は、いのちの木と善悪の実の木で始まって、啓示録で終結される。このいのちの木と善悪の実の木が、啓示録に登場したので、啓示録の成就の時の信仰人ならば、この二つの木だけは、区分しなければならないだろう。この二つの木について、啓示録に記録されたことがわかるのか?
啓17章では、万国が善悪の木の実(善悪の実)、すなわち不品行のぶどう酒を酔うほどに飲んだと言った。18章には、万国がこの不品行のぶどう酒で倒れたと言った。バビロンの不品行のぶどう酒は、すなわち、蛇が与える善悪の実である。啓17-18章に見たところ、万国がこの不品行のぶどう酒を飲んだ。
この不品行のぶどう酒を飲まなかった者は、啓7章と14章と12章のように、収穫されて、印を押された者たちであり、竜の群れと戦って勝利した者たちである。彼らは啓20章4節の御言葉のように、善悪の実を食べなかった。彼らは啓22章の御言葉通り、水晶のようにきよいいのちの水、すなわち、御座から出て来る水である真理で衣を洗って着た者たちであり、天国、すなわち聖なる都に入って、毎月十二種の実を結ぶいのちの木になった。アーメン。