信仰と蕩減
統一教会は九八パーセント、九五パーセント生活的な面が全部信仰です。九五パーセント神様が造られたものを失ってしまったので、九五パーセントやってこそ再創造が始まるのです。その上でさらに五パーセントまで私がしなければなりません。ですからどんなに大変なことでしょうか。堕落していなかったら九五パーセントは天がしてくださり、五パーセントだけを私がしていたでしょうが、堕落したことによって神様がもう一度してあげることはできないというのです。再創造を私がしなければならないのですが、九五パーセント、プラス五パーセントです。ですから死ぬ覚悟をしなければなりません。犠牲になる覚悟をしなければなりません。世界蕩減路程を歩みきるまでは、楽な考えをしてはいけないのです。
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先生がこの地に来て信仰世界に残した偉大な内容は四つです。神様と人間との関係をはっきりさせました。責任分担と蕩減というものを、この歴史の中で誰も知らなかったことをはっきりさせておきました。その次に、良心的な人は生きていくことが難しく、悪人は良い生活をしていますが、これはどうしてかということです。蕩減法、カイン・アベルの問題を知らなかったことを、これをはっきりさせました。
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人間は堕落性を相続して習慣の奴隷になってしまいました。今日においては宗教者までもこのような惰性に浸り安逸な生活をする傾向があります。習慣的な信仰生活は危険です。このような信仰生活はサタンの讒訴条件を提示させてしまう要因になります。人間たちが復帰路程を歩んでいくにつれて一人でも失わないようにしようとするサタンは、あらゆる方法を通じて再侵犯の機会をねらっています。サタンは個々人が立てた蕩減条件によって個人から離れていかなければなりませんが、また再び家庭的次元、民族的次元において、侵犯することもあり得るのです。
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私たちが行くべき公式路程がありますが、皆さんはそのような公式をはっきりと知らないでいます。「私たちには蕩減が必要ない。何のために私たちがこの大変な蕩減の道を行かなければならないのか」。このような人はサタン圏内で死ぬしかありません。サタンは彼らの圏を主張します。皆さんはこのようなサタンの領域を征服しなければなりません。サタンを退かせなければなりません。サタン圏を占領しなければなりません。果敢に立ち上がりなさい。過去のことを清算しなさい。これが信仰生活において皆さんがしなければならない責任です。はっきりと知らなければなりません。
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蕩減復帰は条件復帰ではありません。事実蕩減だということを知らなければなりません。このようなものは原理にはありません。条件蕩減でありながら事実蕩減というようなことは初めて聞くことでしょう。したがって今までの復帰路程を考えてみると、サタン世界で一番良心的な一人を立てます。ノアが正にそのような人でした。ノア一人の信仰を絶対信仰の基台の上に立て、ノアの家庭を中心として着陸するようになります。絶対信仰の男性、絶対信仰の女性、絶対信仰の四位基台が必要です。
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神様は堕落した人間を蕩減復帰させようとして宗教を立てられました。神様は宗教を通じて神様中心の精神を強化させる方法、生と人格に対する肉体の支配を逆転させる方法を教えておられます。宗教が断食、犠牲的奉仕、温柔で謙遜な態度などを要求する理由は正にこのようなところから来ています。これは肉体の勢力を減少させ、肉体をして精神に服従させる方法です。信仰生活を通じて、肉体中心的な生活習慣から脱して新しく精神中心的な生活方式をつくっていくまでに、通常三年ないし五年かかります。
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蕩減は、何を中心としてするのでしょうか。蕩減の内容とは何でしょうか。サタンをより愛するのか、神様をより愛するのかという愛の問題です。すべてのことが愛の問題です。蕩減するには神様を絶対に信奉しなければなりません。ところがサタンは神様を絶対に信奉しませんでした。背信したということです。始めてから、中間で神様を背信しました。それゆえに、まず蕩減の道を行くに当たって信仰や行動が絶対的でなければなりません。
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蕩減路程というものは責任分担圏を立てなければなりません。この責任分担は何を中心としてしなければならないのでしょうか。より天を愛すること、より絶対的な信仰とより絶対的な愛をもたずしては、サタンを屈服させることはできません。
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今までの蕩減復帰時代は過ぎ去りました。蕩減復帰時代は過ぎたために、これからは法的な行動に即座に引っ掛かる時です。蕩減復帰時代は帰っていくことです。第一次ができなければ第二次に移るので、前進的な発展に通じることができる過程でしたが、今の時は蕩減復帰時代が過ぎたので復帰時代です。今は復帰時代であるだけに誤ったことを後日に延ばして解決する時ではありません。即刻的です。このようなことをはっきりと知って、過去のかすかな信仰概念があったならば、それをけり捨てて先頭に立つ覚悟をしなければなりません。
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み旨のために行く道で先生自身の生活を中心として見れば、誰も理解できない道を歩んできましたが、その背後で天が理解してくださるその二面的な深さと幅がありました。そのような事実を考えるとき、それは不幸ですか、幸福ですか。幸福なことです。彼らが私に反対するのは、反対したくてそうするのではありません。反対しなければ蕩減復帰は成立しません。天がすべてさせているという事実を知って、皆さんは感謝しなければなりません。感謝していけば、結局は私が考えもしなかった世界に行くことになり、私に反対していた世界は考えもしなかった結果の世界に落ちてしまうということです。それゆえ、天に侍っていく人の生涯は感謝しなければならないということです。
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自分が行った忠誠の実績をもって、それを貴く思い、天の前に一歩一歩前進することが貴いことであって、欲を出して祈祷するとしても、騒がしくするとしてもみ旨がすべて成就するというわけではありません。蕩減復帰の道を中心としては自分を第一に立てる人はみな流れていくのです。文先生は自分が一番素晴らしいと言いますか。私が今まで皆さんに教えたことは、私が行わないで教えたのではありません。私がすべて行ってから教えたのです。
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神様の解放は、真の父母と一つになって地上のすべての祭物を捧げることができるサタンの讒訴条件を清算しなければできません。皆さんが、どのようにして神様の心情的な所有権に帰着するのでしょうか。父母と皆さんと万物が平行線上で神様の所有だと決定することができる位置をもつことができなかったということです。これを蕩減復帰しなければなりません。
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皆さんが蕩減復帰の道を歩んでいるという事実、責任分担という宿命的な道を歩んでいるという事実をどれだけ感謝して受け止めましたか。もう一度考えてみなければなりません。「ああ、統一教会の原理のみ言は良いが、蕩減復帰は嫌だ」と言うことはできません。大学に入るためには、その関門を通過するために試験を受けなければなりません。私が願う反対の道が横たわっています。これを解決しなければ学校に入ることができません。同じことです。統一教会の行く道は簡単ではありません。
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私がどうしてついて行かなければならず、私の心がなぜ促され、良心が生きた心地もなく追求されているのかということを、皆さんは誰よりもよく知っています。私の心はどうしてこうなのだろうということです。正道が目の前にあるがゆえに従って行くべき歴史、人間が行くべきであり、私が行くべき蕩減復帰の深刻な運命の道が残っているからです。落ちてしまってはこの道は行けません。御父母様の背に乗っていくまでは、行く道がないということです。いくらはえが汚くても、走っている千里馬の腹の下にくっついて落ちることなく忍んでいけば、千里の道を行けるのと同じことです。ひっくり返ってもくっついていかなければならないのです。落ちてはなりません。
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今日、信仰をする人たちは蕩減復帰の道を歩んでいるということを忘却しています。アダムとエバがどうして堕落したのでしょうか。責任分担路程を忘れてしまったからです。現実を忘却してしまったから堕落しました。責任分担圏を残したまま人類は呻吟せざるを得ない立場に立ち、この責任分担圏さえも自由に迎えることのできない立場になりました。堕落した人間であるがゆえに、責任分担圏を自由に迎えることができるその位置まで出てくるためには、今日の歴史的なすべての堕落圏を解脱していかなければなりません。そうでなければ復帰の道に出てくることはできません。
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蕩減復帰を完成した人は手を挙げてみなさい。こいつ、こん棒でたたかれて、罵声を浴びせられ、雷に打たれなければならない邪悪な者たちよ、見なさい。これをしなかったら先生もどうにもなりません。先生ははっきり教えました。そのとおりに霊界が変形されるのです。皆さんがこれをできずに逝けば、あの世に行って必ず引っ掛かってしまうのです。いくら夫婦同士が息子、娘を愛したとしても、全部行ってストップです。霊界に楽園ができたのと同じように、統一教会において天国に入る前の家庭楽園ができてしまうのです。
そこでは愛し合うこともできません。どうやって愛し合いますか。我が子だからといっても、愛したくとも愛することができなくなっているのです。そこに行けば、どうしますか。夫に「あなたは私を愛していたのに、ここに来てどうしてそうなの」と言ったとしても、愛することができなくなっています。愛することができません。自分が立っている位置では愛するようになっていません。
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皆さんに聞きたいことがあります。皆さんは蕩減復帰の道を歩いてきましたか。そのように生きてきましたか。長子復帰をしなければならない運命として私の前に長子復帰の道が立ちふさいでいるのに、これを必死に努力して、どのような代価を払ったとしてもこの峠を越えなければならないといって身もだえをしましたか、しなかったのですか。しなかったのですね。ただ先生について来たのでしょう。先生がどうだから? 先生が好きだからですか。どうしてついて来たのですか。ついて来たその動機も、原理よりも先生が好きだからついて来たのです。
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統一教会に入り、すべて腰掛けていて天国に行くと考えてはいけません。心情圏を相続しなければなりません。皆さんは、いつ蕩減復帰すると考えましたか。いつ蕩減復帰しますか。蕩減復帰するために行けと言うのに、いつ行きましたか。
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人間にとって一番難しいこととは何でしょうか。サタンの三大門がありますが、一つ目は食べることです。この口は、食べて食べて食べたら、もっといい物をくれと言います。しきりにそうします。その次は休むことです。寝さえすれば、しきりに休みたいのです。そうでしょう。仕事をしたくありません。その次は何ですか。情欲です。浮気をしようとします。統一教会で浮気をして男女問題があれば一箇所に連れていって、ガソリンを掛けて燃やしてしまうでしょう。そのような時が来るのです。私が、そのような指示をしないからこうなのです。神様が、エデンの園にいたアダムとエバを追放したでしょう。この子たちを処理する道がありませんでした。ところが今は大変おびただしいほどあります。ですから深刻だというのです。