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文鮮明先生御言選集 19580209 - 神の選民である選ばれたイスラエルになれ(1)

작성자대태양/김현수|작성시간16.02.14|조회수101 목록 댓글 0

神の選民である選ばれたイスラエルになれ(1)
一九五八年二月九日(日)前本部教会


皆さんとしばらくの間考えてみる御言の題目は「神の選民である選ばれたイスラエルになれ」です。「神の選民である選ばれたイスラエルになれ」という題目でしばらくの間、お話しします。

 創世記にはヤコブがひどい苦労の路程を経た後に、天を代身して試みを受けた内容があります。

 ヤコブはその試練の過程で、自分がイサクから祝福を受けた選民であるということを心に抱いて、そのみ旨をさえぎろうとする天使と、最後まで闘ったのです。それで勝利して神が許された選民圏内に入ったということを、我々が知っているのです。ヤコブが神のみ旨を中心として、あらゆる逆境と闘って勝利した者として、神が許されたのが「イスラエル」という名詞です。今日我々はイスラエルという言葉を、沢山使っています。

 ところでこれは単純な名詞として、残っているのではありません。この言葉は歴史的な生命を代身している名詞であり、天と地を復帰するための、アダムからヤコブまでの二〇〇〇年の歴史を終結させる勝利の名詞であることを、我々は忘れてはなりません。また神がヤコブを立てて、イスラエルという祝福をされる時、喜びがあったということは勿論ですが、反面悲しみもあったという事実を、我々は悟らなければなりません。


 ヤコブを苦労させた神のみ旨

 神様がヤコブを捜し求め、数千年の間苦労されて摂理されてきたことは、ヤコブの祖先であるアダムが堕落したからです。アダムが堕落することによって、神様がされようとした祝福を失ったのです。それでその祝福を再び求めたのですが、失った神の祝福を再び捜し求める歴史過程には、言葉にもならない哀しい事情があったのです。ヤコブをイスラエルという名で祝福された神には、こんな哀しい心情があったということを、皆さんが知らねばなりません。

 神がイスラエルという祝福の御言をくだされたことは、ヤコブ一代だけに許された御言ではなく、全創造の理念と理想を代身した御言であり、神の全体心情がこの一言に込められていることを、皆さんは知らねばなりません。

 ですからラバンの家に行って数十年間、苦労して疲れたヤコブ、神が許されたカナンの地を立てるための困難な路程を経たヤコブは、イサクが手をのべて祝福した天のみ旨を実践する場において、自分が持っているすべての財物を失っていって、エドムの地のエサウを訪ねたのです。

 ところが訪ねた故郷は、自分一代に幸福を与える本郷ではなく、喜ばしい場ではなかったのです。懐かしい故郷と兄を訪ねたのに、心配と苦労をしなければならない事情に直面したのです。これはヤコブ一身だけの事情ではなく、全人類が歩むべき路程であることを見せてくださったという事実を、皆さんは忘れてはなりません。

 故郷を訪ねたその前には、ヨルダン川が横たわり、ヤボク川が立ちふさがっており、許された祝福の地を前にして、夜の眠りもままならず、涙を流して祈祷しなければならなかったこんな事情は、先祖たちが残していった事情であり、天倫の摂理をされるアボジの事情であったことを、ヤコブは誰よりも骨身に感じたことを、皆さん知らねばなりません。 このような事情は、ヤコブ一代においてのみの事情だはなかったのです。選民イスラエル民族が歩んだ歴史路程であるのみならず、神のみ旨に対して現れたすべての我々の先烈たちは全部、このような心情を抱いてアボジの懐にとび込むために、暗闇の障壁を前にして闘いの峠を越えなければならない事情に面したことを、皆さんは肝に銘じなければなりません。

 それではイサクの手を通して祝福された神、すべてのものを捨てて故郷に帰れと告げた神様は、どうしてヤコブを案内して行く道を平坦にしてやらず、またヤボクの川岸で夜を明かして天倫のみ旨を抱いて、切ない心情で天のまえに訴えるヤコブに、励ましの御言をかけてあげるどころかむしろ天使を送ってヤコブを打つという、そんな非情な環境においたのか!

 言うこともできない事情、人間が知るべくもない切ない曲折の心情がここにあったということを、今日我々は忘れてはなりません。このように神が許された故郷の山川を訪れたヤコブの道は、荒野の道であったのです。今日我々が歩んで行く路程にも、こんな曲折があるということを、ヤコブの路程を通して悟らなければなりません。

 それではどうして天は、このような環境を提示しなければならなかったのか。人間一人を選んで立てることも勿論、神の摂理のみ旨ですが、背後のサタンを押し退ける足場を造ることが、さらに重要な摂理のみ旨なので、人間の知らない、神とサタンが知る見えざる世界の曲折の垣を、人間を通してつき崩さなければならないそんな曲折があるので、これを壊すことができる条件を立てるために、ヤコブに無理な行動を天は提示せざるを得なかったのです。これを皆さんは知らねばなりません。

 ヤコブには祝福を受けたその日から、エサウがいる故郷の地に帰ってくるときまで、喜びの一日がなかったのです。これは何を我々に見せてくださるのかといえば、神のみ旨を代身して神の祝福を受けた者がいるなら、彼は天地のまえに一つの祭物の立場でこれに判決を下す時までは、憂愁の生涯路程を経て行かざるを得ないことを、見せてくださるのです。

 このような歴史路程が残っているので、今日皆さんが神の祝福に責任を負ってゆくというとき、ヤコブのように怨讐の世界にも訪ねて行かねばならず、難しい環境と独り闘う、闘いの路程も歩まなければならないのです。

 このような闘いの路程においてヤコブが疲れて倒れたなら、彼にはイスラエルという名は与えられなかったのです。イスラエルの名を通した祝福の恩賜が、ヤコブとは関係ないのです。しかしヤコブがイサクの手を通して下された祝福を成すために、どんな苦難と難関にぶつかってもこれを克服してゆくという燃えるような心情を持って、天に対して忠誠であったので、ヤボクの岸に現れた天使との闘いに勇猛果敢に闘い、勝利の足場を築いたことを、皆さんは知らねばなりません。


 ヤコブが受けた「イスラエル」の内容

 このようにヤコブは天が許した御言を中心に、生命を失う恨があったとしても、これを失わないために凄い闘いの道を歩んだ代表的な天の精兵であることを、皆さんは知らねばなりません。

 それではこれは何を預告しているのか。我々の先祖であるアダムとエバが所望の一日を迎えるために最後まで御言を守らなければならなかったのに、彼らはそうはできなかったのです。この一つの事実を蕩減するためには、アダム以上に神の御言を死守する存在がなければならないのです。ヤコブが正にこんな人物として天のまえに呼ばれたことを、皆さんは知らねばなりません。

 こんな立場に立ったヤコブ、天の試練を受ける立場にあったヤコブは、一時も心をゆるせなかったことを、皆さんは知らねばなりません。彼は神の祝福の御言を固く信じ、闘いが終わるまでは腕が抜ける恨があっても退かないという、固い信念を持っていたのです。このように闘って勝利した後にこそ、祝福が臨んだのでした。これがイスラエル選民の勝利の基礎になったということを、皆さんが忘れてはなりません。

 それではどうしてヤコブが、こんな立場に立つようになったのか。それは人間祖先、アダムとエバが神の御言に不信して、神に背反したために彼の後孫たちは、神様が自分を捨てられる恨があったとしても、この御言を中心に最後まで神を信じなければならなかったからです。ヤコブはこんな立場で御言を中心にして最後まで信仰を守ったので、サタンのすべての讒訴条件を越えることができたのです。

 ヤボク川の岸で徹夜していたヤコブに、神を代身して天使が現れなかったなら、ヤコブはサタンの試練を受けるべき立場に立つのです。神はサタンが讒訴できないほどに信じることができ、その御言を中心に闘うことができる代表的な人物として現れるために、ヤコブに天使を送って夜通し相撲を取らせたのです。

 ヤコブは一人の人間として、天使を問題なく退けるために死ぬ恨があっても、自分に与えられたこのみ旨を成すという、心を抱いて闘ったのでした。このようなヤコブのまえにサタンはあえて讒訴の条件を示すことができず、どんな弁明もできませんでした。こんな勝利がヤボクの岸でなりましたので、天は第二試験の対象であるエサウを感動させ、ヤコブのまえに屈伏させることができたことを、皆さんは知らねばなりません。

 このようにヤコブによって立てられたイスラエルという名と、ヤコブによって立てられたイスラエルの基台は、一代だけの祝福の対象として成立したものではないのです。ヤコブを通して個人的なイスラエルが始まり、ヤコブを通して家庭的なイスラエルが始まり、民族・国家・世界的なイスラエルを形成するためのイスラエルの名であり、イスラエルの基台なのです。こんな神のみ旨があったということを、ヤコブの後孫たちは歴史路程を経ていって感じ、信じなければなりません。

 ところがヤコブの後孫たちはヤコブによって自分たちにまで及んだ祝福を、ただ自分たちのものとしてのみ信じ、行動してきたのです。それで選ばれたイスラエル民族は、今日この地上にその事跡を現すことができないでいるという事実を、皆さんはよく知らねばなりません。


 民族に対するモ-セの愛と彼が歩んだ苦難の路程

 ヤコブがハランで家庭を形成して勝利したのですが、また越えなければならない峠、即ちヤコブ家庭における、天使との闘いがあったのです。これをヤコブの後孫たちは知らなかったのです。即ちヤコブの後孫たちはエジプトに入って、四〇〇年間パロの懐で、民族的な試練を経なければならなかったのです。このときモ-セが現れ、イスラエル民族を再び収拾して、昔ヤコブから約束されたカナンの地を、回復すべき責任を背負ったいったのです。

 ヤコブ一代で造られた勝利的イスラエルの足場のような、民族的な勝利の足場をイスラエル民族は、エジプトにおいて持たなければなりませんでした。即ち、イスラエル民族はエジプトで疲れるだけ疲れて、ヤコブがヤボク川の岸で天使と闘って勝利した足場を、怨讐の国において立てなければならなかったのですが、これを立てられなかったのです。言い換えれば、イスラエル民族は団結して、民族的な天の試練と情を通過しなければならない立場に立っていたという事実を、忘れてしまったのです。

 こんな立場に立っていた民族を再び収拾するために、天はモ-セを立て、民族を代表してパロ宮中で四〇年間の準備をさせ、ミデアンの羊飼の生活四〇年の路程を経ていったのです。選民イスラエルの祖先であるヤコブが昔、ヤボク川の岸で成したその祝福を、エジプトにいるイスラエル民族が成すことができないでいるので、彼らを再収拾するために、モ-セはヤコブのような民族的な路程を歩むために、荒野に去って行ったのでした。

 ヤコブがエサウの祝福を再び受け、ハランの荒野を訪ねて行ったように、モ-セもイスラエル民族を代身して、神からの祝福を再び立てるべき責任を担ったのです。このようなモ-セが、同族同士が一つになれずに争うのを見て憤激し、また民族が異邦人のまえに屈辱を受けているのを見て、その異邦民族に対抗して命を懸けて闘っていったのでした。

 こんなモ-セの後に従って、エジプト民族に対抗しなければならないイスラエル民族がむしろモ-セを押し退ける立場に立ったので、これはちょうどヤコブが神の祝福を受け、自分の故郷を去って行ったような立場だったのです。また、ヤコブが祝福を受けなければならない家庭を去り、サタン家庭へと行ったように、モ-セも祝福されるべきイスラエル民族をエジプトに残しておいて、ミデアンの荒野生活四〇年の路程に出て行ったのです。 このようにモ-セが荒野に向かって去った事実は、モ-セ一身のみの問題ではなかったのです。

 それではどうしてモ-セは、こんな路程を歩まねばならなかったのか? これはヤコブが神の心情を代身して築いた、勝利の足場がなかったからです。そしてこの足場を民族的に再び築かなければならない責任感を、誰よりも切実に感じるモ-セだったのです。

 怨讐の懐で苦役をなめるイスラエル民族のために、誰よりも懇切に祈祷したモ-セ、一日一時であろうと苦役の路程にあるイスラエル民族を、忘れることはなかったモ-セの心情を、皆さんは骨に徹して感じなければなりません。

 羊飼として、荒野で寂しい生活をする自身の事情が惨めであっても、自分の惨めさを忘れ、エジプトの地で怨讐にいじめられて苦労しているイスラエル民族を見やり、同情の涙を流したモ-セであることを、皆さんが知らねばなりません。こんなモ-セの寂しい事情と心情が天に染みて、モ-セが天のために案じ、選民のための代表的な兄として現れたので、神はモ-セを再び呼んでパロの宮中へと送られたのです。

 これはちょうどヤコブがエサウを恐れて、二一年の間ラバンの家で苦労した後、自分のすべての所有物を持って、エサウがいる所に訪ねていった路程と同じことなのです。このようにモ-セも、ヤコブと同じ難しい路程を歩んで行ったことを皆さんは知らねばなりません。

 こうして三大奇跡を見せられ、御言を代身するアロンとミリアムを立て、天が行けといわれるパロ宮中を目ざして行ったのです。

 ところで、ここにまたどんな事が起こったでしょうか? モ-セの行く道は神が後押しする立場ではなく、眠っているモ-セを殺そうとされる事が起こったのです。これもやはり、ヤコブが歩んだ行ったことと同じ路程だったのです。ヤコブがヤボク川の岸で天使と相撲を取っている時、腰骨が外れるのも知らないで闘ったその事情を通さなければならないモ-セの立場であったので、モ-セも今、神のまえにそれと同じ立場に立たされたのです。モ-セはこんな試みを無難に越えた後に、選ばれたイスラエル民族に再び会い、神と民族を代身して、民族的なイスラエルの祭壇を積むようになったことを、皆さんは知らねばなりません。


 モ-セに対するイスラエル民族の責任

 今ここに我々が知るべきことが何でしょうか? 我々の先祖たちのヤコブとモ-セだけがこんな路程を歩み、こんな責任を背負うのかといえば、そうではないのです。ヤコブだけがこんな責任を担うのではなく、ヤコブ家庭のすべての食口たちもヤコブ以上に切ない心情をもって天のまえに訴え、責任を担う立場にあったのです。ところがヤコブに従っていったその食口たちは、この事実を知らなかったのです。これが正に天の悲しみだったのです。事実、ヤコブよりも食口たちが、より切実でなければなりませんでした。

 イスラエル民族を訪ねていったモ-セ、神がミデアンの荒野で、天地が変わってもわたしの約束は変わることがない、と言われた御言を信じていったモ-セは、固い覚悟と決心をもってイスラエル民族のまえに再び現れたのでした。

 こんな立場にあったモ-セには神の試みだけがあったのではなく、ヤコブがエサウから受けた反対のような、パロ宮中の反対があったのです。皆さんが原理を学んでよく知っているでしょうが、ヤコブが十回だまされた事を蕩減する十災禍をエジプトに下して、パロを屈伏させて、イスラエル民族は第二次の民族的な祭壇を造成したという事実を、皆さんは再び回顧して見なければなりません。

 それでは神様に哀しみがあるなら、それが何であったのでしょうか? それは怨讐によってもたらされた哀しみではありませんでした。また、神に悲しみがあったとしたら、それは怨讐たちが悪であるゆえに感じる悲しみではなく、神の苦労の道に従ってきたイスラエル民族の祭壇が崩れることが、神の悲しみであり、人類の悲しみであることを知らねばなりません。

 六〇万大衆を率いてカナンの地に入らなければならないモ-セには、また他の試練が横たわっていたのです。これが正に紅海の路程と、荒野路程でした。これは何を意味するのかといえば、モ-セが個人的に歩んだ試練の荒野路程を、民族的に経るということを意味しているのです。こんな運命へとイスラエル民族を押し出していったことを、皆さんは知らねばなりません。

 荒野でイスラエル民族は、モ-セが手を挙げれば自分たちも手を挙げ、モ-セが行けば彼らも行かなければなりませんでした。即ち、六〇万大衆が全部第二のモ-セになって、モ-セと神を代身しなければならなかったのに、彼らはこれを忘れたのです。言い換えれば、神がパロの宮中から導き出された時は感謝して、我々を愛される神であると知り、鉄石のような約束によって、自分たちをカナンの地まで導いてくれると思っていたイスラエル民族であったのです。

 それではこの民族が、どうして荒野で倒れてしまったのか? 四〇年の間、荒野において放浪の生活をして、牧者の生活をしながらも、神が愛する選民のために気概をもって闘った、モ-セの心を持っていなかったからなのです。イスラエル民族がその心を少しでも持っていたら、荒野で倒れはしなかったのです。

 民族をおいて、民族的なイスラエルの祝福を立てようとされた神の願いは、民族を代表するモ-セと、その民族が一つになるところにあるのですが、二つに分かれたので民族を代表するモ-セもやられ、民族を代表するモ-セがやられるにつれて、イスラエル民族も壊れたことを、皆さんは知らねばなりません。

 それでは荒野に出ていって、腹がへった時にはウズラを食べさせ、マナを降らせてくださった神様が、どうしてアマレク族を通してイスラエル民族を攻撃する事が起ったのでしょうか。これは天倫のみ旨に反逆した人間であったので、人間が天倫のみ旨を捜し求めようとするときには、神も反対の立場で打つべき摂理的な条件が残っているので、アマレク族を通してイスラエル民族を攻撃せざるを得なかったのです。こんな天の切ない心情があったこをを、皆さんは知らねばなりません。

 この試験を通過できなかったので、死んではならないモ-セが死に、死んではならない民族も滅んでしまったことを、皆さんは知らねばなりません。この時モ-セには民族に対する指導者としての責任があるので、モ-セ自身に過ちがなくても、不信する民族を代表してシナイ山に登り、食べず着ないで倒れようとするイスラエルを求めて四〇日の間、贖罪の祭壇を積んだのでした。

 もしもイスラエル民族に選民の資格があったなら、モ-セがシナイ山に登って切なくやるせない時、その山を取り囲んで六〇万大衆が、寝食を忘れて天に向かい「神よ、我々の指導者モ-セを下ろしてください」という祈祷に力をこめたのです。しかしそんな人間は一人もいなかったのです。

 モ-セが飢えて祈祷しなければならない事情は、自分一身のためにではなく、民族のためであったにもかかわらず、民族は夢にも思わなかったので滅びる他はなかったのです。モ-セは、ヤコブがヤボク川の岸で祈祷したように、難しい峠にあったのですが、モ-セを代身してイスラエル六〇万大衆を指導する人間がいなかったのです。もしもこんな人間が一人でも出て民族を率いたら、彼らは困難な立場におかれることはなかったのであり、平安な場にいたのです。そうではなかったので、サタンが民族を籠絡していったのです。このような歴史路程を、我々の先祖たちは歩んだのでした。


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