第三章 神様の血統を復帰してきた人類歴史と真の父母の祝福
第一節 血統転換の復帰摂理歴史と母子協助
(一)復帰摂理とは
罪とは、サタンが讒訴できる条件を許諾することです。サタンが人間を讒訴できるのは、人間が正にサタンと血統的な因縁があるからです。ですから、復帰摂理は、善悪による血統的な因縁を入れ替えようとすることです。(二三-一八八、一九六九・五・一九)
復帰歴史は、取り替える歴史です。取り替えるとすれば、何を取り替えるのですか。服を取り替えて着るのではありません。家を取り替えて暮らすことでもありません。国を取り替えることでもありません。取り替えるのは、外的なものを取り替えるのではないのです。体を取り替えるのではありません。根本から取り替えなければなりません。
それでは、その根本というものは何でしょうか。根本とは正に父母です。父母から取り替え、そのあとに自分を取り替えるのです。そのようにしなければ、自分を取り替えることはできません。必ず父母を取り替えなければなりません。(二五-一七五、一九六九・一〇・四)
復帰摂理の根本は、どうすれば創造理想を完成する人間の種、本然の赤ん坊の種を見いだせるかにあります。神様が最も嫌う、姦夫であるサタンの偽りの愛に由来する生命と血統を清算しなければならないのです。ですから、神様の真の愛と生命と血統と一体になった救世主、真の父母をどのようにして生まれさせるかということが問題です。(二七七-二○二、一九九六・四・一六)
(二)母子協助による長子権復帰
神様が長い間、サタンを即決処断できなかった理由とは何でしょうか。サタンが、神様の愛の理想を奪っていき、神様の代わりに偽りの内的父母の立場で人類を管掌しているからです。ですから、このサタンの血統的な基盤を清算できなければならないのです。(一三五-一二、一九八五・八・二〇)
女性がサタンの子を生めば、自然にサタンの血統になります。サタンの血統を受け継いだのなら、誰の息子ですか。サタンの血統を通して出てきたので、サタンが「私の子だ」と言うのです。それで血統を転換させなければならないのです。「血統的にサタンと関係がない」と言うことができるように転換しなければなりません。そうしてこそ神様が愛することができるのです。(三六-二四七、一九七〇・一二・六)
神様は、堕落によって人類を先に占領したサタンと血縁的に直結した長子には、正面から対することができません。神様は、善の側を代表する次子を相対として条件を立てさせるようにして、悪の側を代表する長子を屈服させることで善の血統を復帰してこられたのです。(二八二-二一五、一九九七・三・一三)
弟が兄を神様のみ旨の中で屈服させるときに、誰が協助するのかというと、母が協助するのです。エバが蒔いた種の結実がカインなのですが、カインを拒否して、アベルを中心として一つになって戻っていく役割をしなければなりません。母子協助という言葉は、ここから出てくるのです。(一〇六-一八一、一九七九・一二・三〇)
この地に、神様の愛と生命の種をもって生まれる息子のために、先に母がいなければなりません。母が息子を生むにしても、ただそのまま生むことはできないのです。必ず、復帰の公式を通して生まなければならないのです。
復帰摂理の中に現れた母子協助はすべて、天の息子がサタンの讒訴を免れた新しい生命の種をもって着地するための準備であり、条件なのです。母子共にサタンの攻撃を免れることのできる条件を立てた土台の上で、サタンを代表する長子を屈服させることにより、サタンが先に占有した愛と生命と血統を復帰してきたのです。(二七七-二○四、一九九六・四・一六)
人は、命の種が男性から女性を経て、一つの命として生まれます。そうだとすれば、この血統を転換する道は、どこでその交差点をつくらなければならないのでしょうか。それは、女性のおなかの中です。それで、女性のおなかに向かって戻っていく運動をしてきたのです。言い換えれば、歴史は、絶えず原点に戻る条件を立ててきたのです。しかし、そのようにして女性のおなかの中に命が宿るといっても、どんな命でも宿ることができるのではありません。そこには、宿すべき女性がいると同時に、宿らせる男性がいなければなりません。結局、一つの家庭を中心として、神様はそのようなことをしてきたのです。
しかし、完全復帰ということを考えるときに、男性の骨肉の中に潜在している子供の種がその出発になるのです。ですから、その男性の血肉の中にいる子供の種にまで、神様の愛を中心として一体になったという条件を立てておかなければなりません。それを立てておかなければ、完全に血統的転換の基台をつくったという条件が充足しないのです。
ですから、血統的転換を成し遂げるためには、アダムの骨髄まで、骨肉の中心部まで入っていき、将来の子供となるその種に、神様の愛と結束した勝利的条件を充足させなければ、将来に神様の子女として生まれることはできません。これは、理論的に間違いないことです。(三五-一六二、一九七〇・一〇・一三)
(三)血統を復帰してきた人類歴史
復帰摂理歴史上、最初に摂理された痕跡は、アダム家庭にあります。善悪が混在した立場にいるアダムを、悪の血統的立場にいるカインと善の血統的立場にいるアベルに分離され、血統的復帰摂理をしようとされたのです。もしそこでアベルが勝利したならば、善の血統を復帰した立場になり、その基台の上にすぐにメシヤが来ることができたのです。しかし、カインが勝利することによって、罪悪の血統は継続して繁殖してきました。
二番目の復帰摂理の痕跡は、アブラハム家庭にあります。イサクに双子を与え、カインの立場であるエサウと、アベルの立場であるヤコブを与え、長子を復帰するように摂理されたのです。ヤコブが二十一年間のハラン荒野生活を終え、ヤボク川で霊的サタンの象徴である天使を屈服させて故郷に戻り、肉的サタンの象徴であるエサウを屈服させることによって、歴史始まって以来初めて長子権を復帰し、勝利した立場に立ったので、神様は、彼に「勝利者」という意味で「イスラエル」という名前を下さったのです。
そのように勝利したヤコブの息子ユダに、神様は再び双子を与え、タマルの腹中から長子を復帰しようとされたのですが、それが正にペレヅとゼラを通した復帰摂理です。長子の立場にいるゼラを押しのけ、次子のペレヅが先に生まれてくることによって、血統的に善の立場にいるペレヅが悪の立場にいるゼラを屈服させて長子の立場を復帰したのです。このように、勝利した善の血統を通して、イエス様は誕生するようになったというのです。
神様がその当時にイエス様を誕生させなかったのは、蕩減期間のためであり、当時サタン世界が国家型を成していたので、国家的基準で復帰させようと、その後、二千年を経て誕生させたのです。ですから、イエス様は、生まれながらにしてサタンが讒訴できない善の血統だったのです。(二三-一八八、一九六九・五・一九)
ペレヅとゼラによって、初めて長子を屈服させ得る基台を備えました。このように勝利した基台を起源として、ユダ支派を形成したのです。その時、サタン世界は、国家的基台をもっていたために、イスラエルも国ができる時まで、自らこの原則を立てて、今後訪れるメシヤを迎えなければならないのです。
神様は、これを約婚段階にいるマリヤを通して摂理されました。これを蕩減しなければ戻る道がないので、そのようにされたのです。私たち人類始祖アダムとエバの青少年時代は、約婚段階に相当する時代です。それをサタンが奪っていったので、神様はこれを取り戻してこなければならないのです。
マリヤは、タマルのように、その時の自分の威信と命を覚悟していきました。その当時は、若い娘が妊娠すれば、すぐに殺される時代です。マリヤは、天使ガブリエルが現れて預言したとき、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と言いました。タマルがより分けた血統的関係を受け継いだマリヤがイエス様を妊娠したとき、サタンは、そのイエス様を讒訴する何の条件も提示することができませんでした。妊娠するその時から讒訴できないのです。このような歴史過程を通して血統を清めて生まれた人は、イエス様以外にはいません。(五三-二六七、一九七二・三・一)
タマルの血統転換によってイスラエル民族は、正式に選民国家圏に入るようになりました。神様が選んで育て、神様の家庭から神様の国を創造する、そのような選抜民族になるのです。血統が転換された基盤を得たために選民になるというのです。ですから、皆さんも、血統転換を重視しなければなりません。
血統転換して、家庭、氏族、民族、国家まで行かなければならないのです。サタンが国家基準をもっているからです。家庭基準から国家基準まで上がっていくのに二千年の歴史が必要でした。それで、聖別された血統を伝授するイスラエル民族は迫害を受けたのです。何度も捕虜になり、周辺の国家から追われるなど、絶えず迫害を受け、蕩減の道を歩んできたというのです。そのように、二千年間迫害があっても、その伝統的な聖別された血統圏を連結するために、イスラエル民族は、死力を尽くしてきたのです。
そのようにして二千年を経て、初めて世界の国々の基準にまで上がるようになりました。そして、その国の王として来られる方がメシヤだというのです。(二五八-三一七、一九九四・三・二〇)
第二節 神様の血統と神様のみ旨を絶対信仰した摂理的人物たち
(一)ヤコブ
ヤコブは、自分の先祖アブラハムとイサクが神様の祝福を受けた血族だということを知って、それを何よりも重要視したのです。神様が祝福し、神様の祝福を受けたその先祖が何よりも貴かったのです。したがって、そのためには自分のものは何でも犠牲にしようと思いました。それだけは手に入れようと決意したヤコブは、心の中で、祝福された家系を兄が継ぐのではないかと、いつも心配したというのです。
それで、何かの機会さえあればそれを取ろうと考え、代わりに相続する何かの条件でもあればそれを相続することを切実に願っていたヤコブは、兄が狩りに行ってきて、おなかを空かせている機会をねらい、パンとレンズ豆を与えて長子の権利を買ったのです。ヤコブ自身においてはそのようなことをしたのですが、その背後の神様のみ旨においては、アベルがカインを屈服させようとして失敗したその路程をここで再現させ、取り戻してくることができる条件を立てて、それを奪うための摂理をしたのです。
これを見るとき、ヤコブが神様の祝福を受けた動機(原因)はどこにあるのでしょうか。祝福された自分の先祖を何よりも価値視したことです。エサウは夢にも考えることができないほど、ヤコブは、祝福された自分の先祖から相続権を受けた自分の姿、神様の祝福を受け、その血族圏内の家系の立場に立った自分の姿を慕ったのです。その慕う心を、エサウが神様に対する心と比較してみるときに、エサウが精誠を尽くした心よりも高かったというのです。
それゆえに、神様は、そのようなヤコブを通して摂理歴史を転換させようとする計画を内的に推進させてきたのであり、ヤコブは、条件を立てて長子の権利を買うことによって、実際にそれを奪うことをしたのです。
それで、ヤコブは、二十一年間、苦役の路程を行きましたが、そこで一片丹心だったヤコブの心はどのようなものかというと、天から祝福され、イサクから祝福された長子の祝福は絶対に変わらない、というものでした。それを信じ、それを変えようとするいかなる試練の過程があり、いかなる峠の道にぶつかっても、その環境を打ち破って押し進めていける内的な決意と精誠が天に届いていたので、ヤコブが行く道は、神様が共にいてあげざるを得なかったというのです。(一五九-一三一、一九六八・三・七)
(二)リベカ
エバは、長子を代表するアダムを欺いたのであり、アダムの父だった神様を欺きました。二つの主体を欺いて、すべてのものを壊してしまったのです。ですから、神側を代表するエバが出てこなければなりません。それがリベカでした。
リペカは、エバの立場でアダム家庭を蕩減しなければなりませんでした。ここで、長子はエサウであり、父はイサクです。エデンの園で堕落したアダム家庭の形そのままでした。エバの立場で長子と父を欺いたのです。リベカの立場がそのような立場でした。長子の立場にいるエサウと神様の立場にいるイサクを欺いて長子権を復帰したのです。(二八一-二○五、一九九七・二・一三)
リペカは何をしたのかというと、長子をだまし、父をだましました。エデンで堕落するとき、エバは、アダムをだまし、神様をだまして堕落したのです。これを蕩減復帰しなければならないのです。蕩減復帰の原則は不可避なのです。リペカは、自分の心の中で、長子をだまし、父をだますことを通して神様のみ旨が成されることを知りませんでした。知らなかったのですが、そのような命令に順応したのです。絶対信仰をもっていたというのです。神様を絶対愛し、神様に絶対服従するのです。そこには自分の意識がありません。(二八〇-二三三、一九九七・一・二)
(三)タマル
皆さんは、タマルに関して研究すれば、原理のすべてを知ることができます。タマルには、神様が願われる血統をどのようにして残すことができるかが問題だったのです。それが血統を愛することです。そのように血統を愛したので、タマルは、血統を復帰しようとされていた神様の摂理圏に立つことができたのです。心情的に帰る条件になったというのです。(三五-一六八、一九九〇・一〇・一三)
タマルという女性は、ユダの息子に嫁いだのですが、その家庭は、ユダ支派として神様が血統的に祝福してあげた家庭です。ですから、タマルは、何よりも神様から祝福された血統を残すという、より重大な立場に立たなければなりませんでした。
サタンの子孫としての血統ではなく、神様から祝福された血統を残すというみ旨から見るとき、自分の命が犠牲になることは問題になりませんでした。自分の体面と威信と生死の問題までも、すべて超越するほど神様の血統を尊重したのです。これが貴いのです。それで、新しい血統を継承できる母になったというのです。(三六-二五二、一九七〇・一二・六)
タマルは、リベカの孫の嫁です。リペカを通して学び、神様のみ旨に絶対服従しなければならないことを知ったのです。タマルは、リペカの事件を中心として、み旨を成し遂げるためには、逆さまに行かなければならないことを知ったというのです。(二九四-二八五、一九九八・八・五)
堕落は血統的に出発しました。ヤコブのときに、環境的復帰はできましたが、根本的復帰ができませんでした。それで、三代目に当たる、リベカの孫の嫁であるタマルを通して復帰するのです。タマルは、リペカに侍ってイスラエルの伝統を学んだということを知らなければなりません。「このような難しい環境であなたが行くべき道は、将来危険があるかもしれないが、あなたは神様の血統を何が何でも受け継がなければならない」という教示を受け、霊的な世界と連結された、そのような教育を受けたのです。(二七九-八五、一九九六・七・二四)
タマルも長子と父を欺きました。自分の夫が死んで寡婦になりましたが、熱心に信仰しながら、ヤコブの祝福の血統がどれほど貴いか知っていたというのです。皆さんが祝福されたものと同じです。どれほど貴いかを知っているので、女性として生まれた以上、死ぬとしても神様の祝福の血統を残してから死のうと誓ったのです。命は何でもないと決意した女性がタマルだというのです。(二五八-三一七、一九九四・三・二〇)
タマルとは、どんな人か知っていますか。タマルは、神様の祝福を自分の命よりもっと重要視した女性です。その時は、一人で暮らす寡婦が赤ん坊を生めば、すぐに石で打たれて死ぬのです。ところが、夫が死にました。その当時、ユダヤの国の慣習は、長男の夫が死ねば二番目の息子と暮らすようになっていたので、二番目の息子と暮らすようになりましたが、その二番目の息子までも死にました。ですから、祝福の家系を受け継がなければならないと考えていたタマルは、自分が責任を果たせずに家系が途絶えることを心配したのです。
その家系を受け継ぎ得る道は、舅を通る道しかなかったために、タマルは、自分が死んで滅ぶとしても、それをやりながら死のうという信念をもった女性だったのです。タマルは、サタン世界の女性を代表し、神様に帰るための祝福の道において、すべてのものを捨て、命を犠牲にしてでも神様の血統を残してから死のうという思想をもっていました。堕落したエバを凌駕する思想をもっていたというのです。(五四-二六六、一九七二・三・二五)
今から数千年前に、そのような決意をしたことを見るとき、タマルは、女性として相当に革命的な女性だったというのです。そのような不倫のような行動をしてでも、み旨を尊重しながら、良心の呵責、あるいは環境からくる恐怖心など、様々な、複雑なこの世的なものの真ん中に立っていながらも、結局は何ものも犯し得ない一念で、神様のみ旨を選んでいったのです。(二一三-三〇五、一九九一・一・二一)
(四)マリヤ
マリヤは、四千年歴史を通して、タマルを通して血統を清めてきた伝統思想をそのまま受け継いだ立場で生まれたので、もしそのマリヤの腹中から赤ん坊が生まれたとしても、サタンがその赤ん坊に対しては、「私のものだ」と言うことができないのです。タマルがペレヅとゼラを生むために死を覚悟し、女性としての威信と体面など、すべてのものを超越して行動したのと同じように、マリヤも、死を覚悟して妊娠することを決心しなければなりませんでした。タマルと同じだったのです。(五四-七一、一九七二・三・一一)
血統を通してタマルと同じ立場にいたのが、ヨセフの婚約者マリヤです。マリヤも母を欺き、父を欺いたでしょう? その次に、自分の夫ヨセフを欺いて赤ん坊を宿したでしょう? アダムとエバがそのようにして堕落したので、蕩減復帰の原則がそうなのです。約婚時代に天倫に背いたために、マリヤは、タマルの伝統を受け継いで、子宮に神様の伝統的歴史を受け継がなければなりません。神様の祝福を受けた血統を尊重するマリヤにとっては、自分の生死の境を越えて、自分の一身が死んでもそのようにしなければなりませんでした。(二一一-一〇一、一九九〇・一二・二九)
マリヤは、神様のみ旨しか知らない女性です。タマルと同じです。彼女は、アダムとエバの基準で行き違ったその基準を再現させ、天を中心として、天の志操を追求することに、命を失うこともすべて覚悟した女性です。み旨のためにどのようにしたのでしょうか。赤ん坊を宿せば、モーセの法によってすぐに死ぬようになるにもかかわらず、神様のみ旨のためには、死ぬことも意に介さず、覚悟して進んでいった女性なのです。(五八-五六、一九七二・六・六)
マリヤは、命を懸けて赤ん坊を宿したということを知らなければなりません。リベカとタマルから受け継いだ心情的基台を中心としてイエス様を宿したので、-歴史的なすべての蕩減を完成した、その腹中から生まれる息子に対しては、サタンが讒訴しようとしても讒訴する道が何もないというのです。ですから、イエス様は、腹中にいるときから神様の息子なのです。(九二-二八九、一九七七・四・一八)
第三節 真の父母の祝福による血統転換
(一)真の父母
歴史路程において、人間を中心として勝ったという言葉は「イスラエル」という言葉でしょう? イスラエル選民が生まれたということは偉大な福音です。しかし、その選民が何をするためのものなのかを知りませんでした。選民は、神様の血族圏内に戻っていくための代表的な民族です。しかし、神様の血族をつくるのは、選民自体でもできません。
過って悪魔の生命の種を受けたので、選ばれた群れを中心としてえり分けて、メシヤが来るのです。メシヤは、父として来るのです。その父は、神様の愛と、神様の生命と、神様の血統と一致する生命の種をもってきて、それを再び植えるために来るというのです。(二二六-一〇八、一九九二・二・二)
真の父母という名を中心として、初めて神様の心情と一致できるのです。真の父母を中心として本然の血統が始まり、真の父母を中心として本然の人格が始まり、真の父母を中心として言語が本来の位置に戻り、真の父母を中心として生活が本然の形態に戻り、真の父母を中心として本然の国家形成が展開し、真の父母を中心として本然の世界が成し遂げられるのです。(二八-二四七、一九七〇・一・二二)
真の父母が現れるまでに、どれほど苦労し、どれほど大勢の人が犠牲になり、どれほど大勢の人たちが殉教し、どれほどたくさんの血涙を流してきたかということを知らなければなりません。(二七六-三五、一九九六・一・二)
真の父母という方は、有史以来、数千億の人類が願ってきた中心です。その方に出会うことができる一つの場所、その方に出会ってみ言を聞くことができる場所というものは、歴史時代において永遠に一時代、一時、一箇所しかないというのです。(二八二-一〇六、一九九七・三・一〇)
選民思想を中心として今まで支えてきたので、選民思想の終結を見なければなりません。選民思想の終結とは何でしょうか。父母様をお迎えして血統を転換させることです。国家基準の前に来られる主をお迎えして、選民思想を中心として血統を転換しなければならないのです。きれいな血統をつくらなければなりません。新しい血統は、真の父母以外にはありません。(二二七-三四七、一九九二・二・一六)
(二)真の父母の祝福による血統転換
神様の愛を中心として、血統的因縁、血統的主人を受け継ぐためのものが祝福です。この祝福を受けて生まれた子女たちは、神様の血統、真の父母の血統を受けたというのです。これがどれほど貴いでしょうか。(二九八-二九二、一九九九・一・一六)
偽りの父母から始まったので、戻っていって真の父母から再び始めなければなりません。ですから、どれほど深刻ですか。私が神様の愛と、神様の生命と、神様の血統を再び受け継がなければならないのです。それで皆さんは、祝福を受けるときに血統転換式をしたでしょう? それを自分の命よりもっと信じなければなりません。統一教会の一つの礼式だと思ったり、ただ一般の宗教儀式と考えてはいけないのです。(二一六-一〇七、一九九一・三・九)
統一教会の祝福が貴いことを知っていますか。何が貴いのですか。血統です。祝福は血統を変えるのです。神様の愛と神様の生命と神様の血統を受け継がせてあげるというのです。(二二五-二八八、一九九二・一・二六)
堕落した血統では、絶対に完成圏に入っていくことはできません。完成圏に入っていくためには、血統を転換しなければなりません。偽りの愛を中心として血統を汚したので、きれいな神様の血統に転換しなければならず、真の愛の因縁を結ばなければなりません。それが皆さんにしてあげる祝福なのです。(六二-二六〇、一九七二・九・二五)
主流家庭の長子権、父母権、王権を中心として父母様を立て、祝福をして血統を転換し、一つの道に行ける父母権の血族をつくるためのものが統一家の合同結婚式です。
これは、すべてのものを克服するのです。超民族的です。大韓民国を中心とするものではありません。超国家的です。その次には、超人種的だということを知らなければなりません。超民族的、超国家的、超人種的であり、超宗教的であり、超文化的であり、超伝統的です。サタン世界にあったすべてのものを越えた場で祝福するので、サタンが讒訴できる何の条件も認めない場だということを知らなければなりません。(二八〇-二四六、一九九七・一・二)
堕落から復帰された母、堕落していない立場の母の腹中に入っていった条件を立てなければなりません。それが何によってなされるのかというと、愛を中心としてなされるのです。愛を中心として堕落したので、愛を中心として復帰されなければなりません。
このように、私たちが復帰されるためには、再び腹中に入っていかなければならないのですが、実際にそのようにすることはできません。ですから、愛を中心に一体となって復帰された条件を立てるのです。そのように復帰されたアダムに戻って一体となり、血統を受けなければなりません。(三五-二一〇、一九七〇・一〇・一八)
聖酒には、二十一種類の様々な貴いものが入っています。血統転換をするためには、そうでなければなりません。そこには、堕落世界の血統が連結された条件と、復帰された世界の血統が連結された条件が入っているのです。これらを連結してからしなければサタン世界を復帰することはできません。そのように連結したその基盤の上で祝福を受けて生んだ息子、娘たちは、その両方の世界を乗り越えていくことができます。血統的にそれを克服できるというのです。(二二九-七四、一九九二・四・九)
約婚式をしたあとに結婚式をするのが一般的な風習になっています。エデンの園でアダムとエバも、約婚時期、結婚時期を迎える前に堕落してしまいました。それを蕩減復帰するためには、約婚式を終えて血統転換をしなければなりません。その血統転換式が、正に聖酒式です。
統一教会の原理を中心として見れば、人間は誰もが蕩減の過程を通過して本然に帰り、血統を復帰しなければなりません。それで、アダムとエバができなかった約婚式と結婚式を、最後の結末点として通過しなければならないのです。それがこの聖酒式、血統転換式です。(二三五-七、一九九二・八・二四)
皆さんは、堕落によって汚された血統を継承したことを清算し、創造本然の善の血統を復帰しなければなりません。六千年の歴史をすべて清算し、蕩減復帰する式をしなければ祝福まで行くことができません。約婚式をもつのは、アダムとエバが約婚段階で堕落する前の状態に復帰しなければならないからです。
堕落によって汚された血統を継承したことを転換しなければなりません。これをしなければ原罪を脱ぐことはできず、原罪を脱がなければ真の子女として祝福を受ける段階に上がっていくことができないのです。原理がそのようになっています。堕落によって生じた原罪を脱ぐ血統転換、すなわち血肉を転換する式が聖酒式です。(三五-二一○、一九七〇・一○・一八)
最初にエバは、堕落するときにサタンを中心に霊的な堕落をしました。その次に、アダムと一つになって肉的に堕落したのです。ですから、それを復帰するために、完全に復帰されたアダムを迎えて霊的に一つになる式が聖酒式なのです。愛の因縁を復帰する式です。そのような条件を立てなければなりません。そのように、霊的に一つになって神様に帰った女性となり、実体として男性を復帰するのが結婚式です。(三五-二一〇、一九七〇・一○・一八)
三日行事は、なぜするのでしょうか。復帰という問題を中心として原理を解釈するとき、そのようにしなければ蕩減復帰の論理を立てることができないということを知らなければなりません。天上世界と地上世界の歴史始まって以来、このような道を行く人は私たちが初めてです。初めて行く人たちがこのようにするのは、天国の門を開くためです。天国の門は、そこで閉まってしまったというのです。ほかの所で閉まってしまったのではありません。ですから、そこで開かなければならないのです。
蘇生、長成圏をエバが滅ぼしてしまったので、逆さまにこれを取り・戻さなければなりません。エバの言葉を聞いて男性が二度支配を受けました。三番目の完成時代に来て、来られる主によって初めて本来の位置に入っていくのです。それは原理に合っています。(二四〇-二四六、一九九二・一二・一三)
(三)神様の血統を受け継いだ祝福家庭
絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上に祝福家庭が成立するのですが、その祝福家庭は、天の所有権、天のすべての国と世界を抱き得る位置の家庭だというのです。絶対信仰、絶対愛、絶対服従する心をもって天の国に行き、何を復帰してきたのかというと、血統を復帰したのです。絶対血統転換、絶対所有権転換、絶対心情圏転換をしたのです。すべて復帰してきたということです。(二六九-九六、一九九五・四・八)
私たちが毎日、家庭盟誓を唱和するとき、天の血族になったことを誇るのです。それを何よりも誇らなければなりません。二人の男女が愛することよりもっと貴いのです。今までの愛は、悪魔の愛だったのですが、天の愛が自分の一身を経ていくことができたという事実です。
昔、宮女たちは、王が一度手首をつかんだら、そこに手ぬぐいを巻いて一生暮らしたというのですが、それが問題ではありません。神様の愛のみ手が触れていったという事実、それは神様が訪ねてこられる橋と同じなのです。(二一〇-二八〇、一九九〇・一二・二五)
統一教会の祝福家庭は驚くべきものです。自分は立派な美男子だとして、妻を無視してはいけません。妻がいなければ祝福を受けることができないのです。また、女性たちは、夫の見栄えが良いか悪いかは問題ではありません。
もし足の不自由な皇太子がいたとすれば、その皇太子は、王権を伝授されるでしょうか、されないでしょうか。王権を伝授されたとしても、それに反抗する人はいないというのです。それは道理だというのです。ですから、血族になったということは驚くべき事実です。(二一○-二八〇、一九九〇・一二・二五)