CAFE

御言選集 [1965~1970]

文鮮明先生御言選集 19670612 - 「神の心情の境」後の御言

작성자대태양/김현수|작성시간22.02.14|조회수169 목록 댓글 0

「神の心情の境」後の御言
1967年6月12日
東京教会


 今は、劉協会長の紹介。(笑い)。緊張させて申し訳ないよ。紹介と思って。なんで………いつ終わるかと聞いていたんだけど、ま、緊張しなくていいや。なぜ女の方が早いか。泣き出して終わるのも女が早い。そうだよ。泣き始めるのも女が早い。秘密を瞬間に隠すには、女が偉い。しかし、長い………。それはなぜか。心配が、………。それで、堕落は誰から始まったか?。ま、悲しんだけど、ま、可愛い女さんから始まった。その結果はどこに行って、その実を結んだか。この愚かなるポカンとして何も考えていない男の方に。それを蕩減するには、蕩減するには、地上から摂理は女の方から出発しなければならない。女の方から。堕落したその人類をずっと考えるというと、半分は男、半分は第二相対存在。それが女だ。神の第一相対存在は男であり、第二相対存在は女である。だから、復帰の摂理が発展するには女だ。女の方からするんだけれど、女に対してするのに、女の級から見れば、その女の級というのはちょっとおかしんだけどね、女の人からみれば年取った人からするか、年の若い人からするかというと、それは反対。若い時代から年取った人にずうっと引き継いで、歴史が長いというと、その罪の塊が大きいんだな。それで神は、復帰をするには、若い人よりも、過去はね、過去は年老いた人、それから摂理するのにその知識の多いそのおばあさんを通じてやるんじゃあなくして、愚かな、愚かなおばあさん。何も知らないその階級、その系列のそのおばあさんを中心としてやるんだな。だから、これが問題なんだ。だから、もしも、地方、そのある地方とか、地方におきまして信頼されるおばあさんだったら、一言言えばその部落を………そこで一番びりな問題外のおばあさんを通して、摂理するに、それがみんなが認められるその現象状態を表すんじゃあない。これはみんながその認められない。信ずることができない。不信なる、信じられない身振りをして………とかそういう現象が起こるんだよ。だから、ある時には、もう何やらどなり合う。「今のところは再臨、終末だから君たちは悔い改めなければならない。誰それの金持ちのおやじが」と言うんだよ。それ信じるか。直接につき出してみる。そう、そうなると、みんなで、まあ、伏せてしまう。そういうにして、まあ、迫害の中にあって摂理の……。


 しかし、その立場に立って、その、今その責任を持ってそういう現象を体験しておるその人自身も、これ何かわからない。これが問題だ。道を行くんだけど、その道がどこへ行くのかわからない。左の方かあるいはアメリカへ行くかで、あるいは英国へ行くかわからない。方向もわからないし、位置もわからない。しかし、最初は、最初はですね、その霊界の方で教えることが百パーセント当たる。しかし、それはなぜ百パーセント当たるかと。蘇生期長成期段階までは、アダム・イヴ自身が、原理を中心として、行ったコースがわかる。それは、堕落したんだけど、サタン自身が占領しえる所じゃない。


 神の方から人間が通って行ったという、原理的位置を立たせたという、条件の基準が残っている。その圏界におきましては、神の方から百パーセント教えられる。だから、その期間はね、人によって違う。先祖の功績によって違うっていうんだな。先祖の功績によって違う。自分自身もわからない。しかし、長成期段階を越えるというとサタン自身が越えるというと、神もサタンも干渉できない。なぜかというと、アダムとイヴを神が干渉しておるところを、サタンも干渉し始めた。立場からみれば、サタンの方を立場を中心として考えればサタンの方の立場が心情的関係が強い。強い。堕落しておるから。サタンの血統を受けておるんだからサタンの子孫になっておるんだから、心情的立場から見ればサタンの方に強いというんだね。だから神が一度教えれば、サタンも教えられる。行ったり来たりしている。それを分別して、「これは、神、神だ、これはサタンの子だ。」サタンの子を集めて、人間はアダムを代表とする、人間の先祖を代表とする。地上の信者たちがこれはサタンを審判して追い払ってしまう。そうしないというと、復帰の安定地にはいけない。それ原理的だ。そうだろう。なぜかというと、人を尊重してやっているんだから、……………神もできない、サタンもできない。だから、そういう立場に立って、摂理を進行するには、摂理を進ませて行くんだから、それが解決していない以上、その摂理路程は延長されて行くのが当然である。それがために、六千年という時間がかかった。全能なる神でもしかたがない。なぜか、そういう法。だから、日本の憲法とか憲法に定めた以上はそれは天皇もどうすることもできない。それに服従しなければ、それに応じていかなきゃならない。それを制定したその本人自身もそれを服従しなければならない。国民も共にそれに従わなければならない。 だから、それをそれを分別できない。だから、そういう現象が起こる。だから、おばあさんからそういう段階を始めて、それが一人のそのそういう使命を受けながら働く。働くというと長成期段階は進むんだね。それが数多くの先祖、先祖の善なる功績を持った人々を動員して、そういう使命を負わして働かせる。そうすると、ある人はこのくらい行って、失敗がある。神も何もありっこもない。それは、どうにも調べることができない。苦しくてたまらない。ある時はあったんだけど、その時は行ったり来たりする。だから神だったらこれはもう間違えるはずがないのに、このような結果になる。神やら何やらわかりっこない。そうして、その使命の位置に対してその批判する。批判するのはいいんだけど、神に立ちよる批判は認めるんだけれど、神に反対する立場は許されない。しかし人は無知だから、それは行ったり来たりする。そういう、そうだよ。直線を書けば、神が導いた左の方に行けば、サタンの方だよ。これが右の方へ行けば、神の方だ。しかし、一端、最初は神の方から出発して、そうして、こういうある段階、下がって行く。恵みがあれば、必ずその迫害。それはイスラエル歴史、復帰摂理のこれが公式である。だから、こういうに神が恵みをくれてそうするというと、ある基準が行けば、ずうっと下がってくる。下がって行くというと、この基準、直線基準以上、下がって行くとサタンの方からやってくる。のこのこ。特に過去のことやら現実の何から何やら、神も何もありっこない。わからない道を行く者があるか、こう不安なる心でもって、批判し始めたらさっと神の身代わりとして、サタンが。よく聞くんだよ。誘いを。「あら!」。行ってみるというと変なとこへ行ってしまった。それで、祈りしながら、涙流して、そしてまた帰ってくる。こういう事をしあう。それはどういうにして、これは段々やることによって直線に近いように、こういうようになればいいんだけど、やることによって分別ができないから、大きい段階になってしまったら、自分の中心を忘れてしまう。それで、みんな、大概そこでもって、まあ、恵みの摂理に対して反対する立場で回ってしまう。これが霊的ゴルゴダ。ゴルゴダ。知的ゴルゴダじゃないよ。霊的ゴルゴダだ。万人のすべての霊的霊人の霊的体験したこの限界、この谷底、ここでもって皆破れてしまう。だからこれをいかにして越えるか、これ原理の道である。先生もその道にぶつかるんだよ。


 だから、復帰は神が教えて復帰するんじゃあない、だから、復帰の道は、復帰の道は捜して行く。原理の道は、そのまま歩んで行く。だから、今の歴史路程は原理の路程を行くんじゃない。復帰の路程を行くんだから、捜して行かなければならない。捜した結果、原理が出た。それは歩んで行くだけ。だからその立場に立っておる人たちは……。


 だから君たちは幸福か、不幸か?。ああ?(「幸福です」)。幸福。公平に服従すれば公服だ。(笑い)。何の幸福、幸いの幸?。本当に幸福か。じゃあ、先生におきましては、先生はどういう立場に立ってんの?不幸か、幸福か?。不幸な立場か、幸福な立場か?。わかる者に聞いて見てくれ。(笑い)。親が先生が苦労すれば苦労するに比例して立派な弟子が生まれてくる。その鉄則は、万民に通ずるというんだな。親が苦労して、立派な子供が生まれれば、それで満足する。そのことわかる?。そういうその理屈なんだな。だから、そういうことでもって、あらゆる霊的体験した、体験者は皆、僕のもとへまあ、来てる。それをある者は、こういういろいろなその自分の先祖がその功績みんな違うよ。みんな違うんだから、ある者その功績者があるし、ある者は、狭くて高い奴があるし。奴というと、これ何だけど。狭くて高い者がある。ある者は、広くて短い者がある。いろんな人を動員して、そういう一つの目的、ある時代の平面線上にある、各国の民族の中で、摂理の対象たるその人を動員して摂理する。それで、ある者は切れても、ここではその因縁、このくらい忠、忠孝、忠孝烈と言いますね。忠を尽くしたそれは、全忠を尽くしたのはなくならない。絶対なくならない。誰がやっても、乞食がやっても、その忠は忠だよ。大臣がやっても忠は忠だよ。しかし、乞食の方がもっと忠なる時もあるよ。だから、忠なるその功績は絶対なくならない。だから、それを持って、それを今、受ける、まあ、相続しえる、継ぎえる人になり、人があれば、その人の、その人の残した功績は、吸収される。


 まあ、何かというと、川がある。大きい川ができるにはね、ずうっとその谷底だな、山の谷の方からあらゆるその支流がずうっと、そうして、そうして、だんだんと一つの本流にみんな合うように、神の摂理の本流が流れておる。しかし、よその方、よその方で切れる、その切れたその汁みたいなのが本流につきあえば、すうっと吸込まれて、………そういう………だ。


 それであらゆる人を動員して復帰の目的完成のために全世界のあらゆる民族が動員される。いかなるそのまあ、罪深い民族でも、その、その階級に比例するその摂理行程に立ち寄っとる。だから、万民を一気に審判できない神様の立場だ。だから、金持ちが生活するにはね、一つの条件、ボロの条件がもっと必要である。そういう時があるよ。君たちそういうに考えるよ。ボロは誰でも、条件は誰でも好かないんだね。「条件は、えええ、抜かしてしまえ」、皆言うんだけれど、条件なくしては、法座の位置にその権威を持ち続けることができない。掃除をしないと、そこにゴミがたまる。だから、条件が王様より尊い。その法座より尊い。ある一点からみると、そういうことになるんだよ。そういうことをやったら、条件が条件、神様に対しては、この法座復帰という問題ならば、その、そういう、その極の立場からみれば、条件を通して、法座の復帰できる。そういう立場もできるよ。蕩減条件というのはそういうところで、条件立たすことができる。あらゆる民族があらゆる段階でもって、………………。しかしその倒れた人は、その倒れた功績をずうっと引き寄せながら、引き寄せながら、世界なる目的の外にずうっと流れいくというんだね。そういうな、それがどこに行って、まあ、一つの海をなして止まるか、神の心情、心情海だな、心情の海にみんな入る。心情の海に入って初めて安息、休む。

 別の話なんだけれど、人間は誰それもみんな欲をもっておる。まあ日本の食口はそうじゃない。日本の兄弟はそうじゃないだろう?。僕はそうだけど、君たちはどうだ?。欲持っておる?(「はい」)。本当か?(「はい」)。どのくらい持っておる?。どのくらい持っておる?。どのくらい持っておるかい?。日本の欲よ、みんな大きいんだよ。どのくらい大きいか。日本など問題にならないよ。………ああ、地球でいい。地球の問題じゃないよ。地球は欲の心に、ま、欲の池があれば、ぽこんと落してみれば地球はどこ行ったかわからないくらいそのくらい欲が大きい。そうなんだよ。そうなんだよ。本当だよ。(笑い)。それで、御旨にかなう人があって、もし、「君はどうしても目的完遂を願うか」いうと、すぐ応えるには、その国が日本だと天皇陛下、それかというと、世界、世界のため、それは良心とか、………の問題になってくる。それでも欲望の袋はまだ休まない。どこまでその行くかと。この進む先はどこか。ああ天地創造したる全能なる神がおる。神、神もみんな吸い込んでしまっても、たまり切れないという。欲の袋は、それぐらい大きいんだよ。そうして、神に「お、神、君と我と比べてみれば、君は小さいかもしれない」。(笑い)。そういう思いを持っておるのが人間。これは偉いもんだよ、思えば。(笑い)。本当だ、本当に偉いもんだよ。それ欲のその旅の終着点はどこか、これが問題だ。


  なら、欲と言ったら気持ちが悪いんだから、良心もそうだ。良心もそうだよ。君たちの。良心でもっていかなる高い人になるかというと、これはもう限りない。良心の限界はどこか。欲心の限界はどこか、一致する。欲心があるから、良心が活用するよ。だから、その欲心といったら気持悪いんだから、良心。変えよう、復帰しよう。限界はどこか。神を占領してしまう!「OK」と言うんだよ。「やれ!やる気、やる気前あれば、やれ!未練なくやってしまえ!百パーセントやってしまう」。そう言うんだよ。しかし、もしも神を、神を占領してしまったその良心の主が言うには「君は成功し、今からは永遠の安息地に立つだろう。まだ、何を願うか。もっともっとでかいものがある。それは何かわからないけど何かある」。(笑い)。わからないものがある。それ何か。わからないものだけど、一番尊いものがある。それが愛である。愛が君たちわかるか?。わかる?。わかる?。説明せよ。おばあさんたちは、白毛になるまで旦那さんと、一晩でも外によそにして入って行くとパカッとやってしまう。それぐらい愛する、その奧さんでもね。愛が何かというと、「愛は愛だよ」。わからない尊いものだけ。それが、その人がまた、その良心が言うのには、「わからない。尊いものを占領してしまう。占領しなければ」。それは何か。神の、宇宙の生命の根本であり、あらゆるすべての存在の起源である。あらゆる作用のその元たる根本である。それは何かと、神の愛だ、愛。英語でいった「私」じゃないよ。日本語でいう愛だよ、愛。(笑い)。


 まあ、こういうことを先生はなぜ言うかと、時間がもう随分たってる。腰が痛い。申し訳がない。耐えがたい故にこういう現象が起こった。こういうユーモアしながら、笑いながら、その話を聞く時間が行くのを忘れて、そして、付き合いして、残るものは愛という言葉を聞いた、それだけ残ればいいんだ。


 だから、愛は日本の愛だよ。万人のその心は見えないんだけど存在する。作用するには限界がある。この限界はどこまで行くか。神の、神のその頭をスコンと打ち開けてそうして心情、ここの所わかるか、どこがわかるか、わからないだろう君たち。神の愛もあるんだけど、神を中心にある愛があるんだけど、愛がどこにあるかわからない。あるのはある。その神の今まで、歴史的誰一人も愛しえなかった、もともとなる愛がある。堕落した人間を付き合ってきておる神に対して、堕落しない人間に対する愛が残ってるんだから、もともと人間が抱き合ったことのない愛だ。これを誰が先頭に占領するか、攻略するか。それが謎の謎である。わからない立場に立っている。何が幸福の根源である。希望の目的、すべて、……。だから人はどこにおいて、安息、平安を訴えることができるか。「ああ、我は世界中どこへ行っても私の願い、もうない。これで腹よりはもちろんだ。けれども、頭より、細胞の末まで、私の願いはなくなってしまった。これで永遠に」………しまう愛によって、これがまあ、幸福な花束みたいになっている。そういう限界に安息の限界点はどこかと、神の愛だ。神の愛の方向の中に今までその………で隠しておったその秘密のその神の愛、その神の愛を占領してしまってこそ、初めて我は休む。君たちの良心の欲望の活動限界はそれが極限だ。その愛が、その愛が地上に、もしも地上に現われるとするならば、万民わかれば、みんな引き殺して、抱き寄るその環境に追われて、踏まれてしまうくらいに、問題が起こる。だから、神の愛がそう簡単にわからないようになっておるんだから、却って、わかる者にとっては幸福であると。(笑い)。


 そういう神が、そういう者が、もしも現われて来たならば、万民共に教える。台風がその現われた。低気圧の空気圏が生ずれば、高気圧の方から、吹きよせて行くように、そうして、宇宙的なんて言うか、波動、波動はちょっと何だな、攻めかかるような………地球上に現われる。それをもしも神が、神がね、それ授けるには、一時に授ければ困る。順序よく、一人から、一人から、一人から。そうだろう。生命の出発も愛からするように、それは、二人が一致して生ずることがない。愛の行く道は一人より。一人ずつ。だから、一人の摂理の愛の主を中心として、相対位置にある新婦を求めてその愛の子、子自体をつくって、そこから、自然関係を一人ずつつくって………。そういう、その御旨の境界圏を御旨の何だな。極致圏を占領しようとする主義が、何の主義だ。心情主義、心情主義、人間の心情じゃないよ。人情を中心とした心情じゃなくして、天情、情だよ。天の情といったら、天井じゃないよ。天的情の心情主義。


 それが地上に現われて来るには、どこに、どういう道を通して、現われるのか。それは言うまでもなく一つになる統合、「統」というのは、みんな、そのみんなを主管して導く統なんだよ。主管されるんじゃあないよ、みんな。ずうっと寄せて、一つの方に合致させる。導き合せ、そうして指導しえる、一つの方に行かせるというのが統一、それが統一の意味。だから、その統一の道の目的圏たる神の愛は、万民共に願う。それは夜も昼も、もう死の立場でも、いかなる苦労の立場でも、悲惨な立場でも、それを願わざる者がない。願わざる者がない。そうするというと、これは自然と、………。したがって、神の愛の現象、現われがだんだんだんだんと、多くなる、それが噂になる。そういうになると、その心は爆発的に活動し始める。その欲心の強い欲心は、その愛の目的にぶつかり、そのにおいを嗅ぎ始めるというと、それが死に物狂いになって、あれするよりすべてを犠牲にしてもこれを売ってしまって、これを買わなきゃならない立場に立つんだから、みんな、それは決死的な統合現象が、東郷元帥じゃあないよ。(笑い)。統合現象が起こる。


 みんな見るというと、目玉はパチパチ。顔は………これを見ると心はいいんだけど、ちょっと先生は心配することは何か。男の年三十以上、三十五歳になれば、女の子の年、二十五から三十歳になれば、春………………。そういう立場になるんだから、どうしても、統一教会の若者たちは、みんなある時におきましては、二人共に行かなければならない、その境界圏を越えなければならない。それを越えるには、自分自身ながら、それを求めて行くことができない立場、だから。何のことかわかる?。先生は何を考えながら話しておるか知っておるの?。まあ、初めての人たちは「君たち何のことか」、そういうふうに考える人もおるだろう。若い者だから、働かせるには必要だ。しかし、やらせるには、二人共にやらせるには、何をやらせる?。結婚をやらせるんだ。涙ぐましい境界を、限界を越えなければならない。何でポヤーッとしているの?。しかし、先生が先生が何よりも若い者を好きである。何よりもと言ったら、それより向けた愛する立場なんだよ。そうすると、おじいさん、おばあさん、年取った人、こう………。そうじゃあない。その男たちが若者たちが、何するか。おばあさん、年取った人たちの蕩減条件を蕩減してやる。そうするというと、そうすると、だから、その何だな、女の子は十八だな。男の子は二十を越えたらね。それ以上なんて言うか。……………十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、七年間、人はね、この期間に、その、この期間におきまして、未来の人物、いかなる人になるかということを決定する。この期間をもしか誤って逃がして、失って誤ってこの日を逃がしてしまうというと、一生を惨めな一生になる。この時期を充実に目的観念におきまして、精一杯進んでいけば、その人は一生涯その決意の立場で成功するようになる。なぜその時期が重大か。それはなぜか、何というか、思春期、思春期、思春期、思春期と言うだろう。思春期と言うか?(「はい」)。思春期、その思春期、思春期というその期間は、それは面白い期間であってね。それは、方々に目がある。方々に手がある。方々に足がある。方々に考える。世界一は私が全部なりたいと、そういう時期なんだ。だから、みんなを放散する時期である。春の時期となる。春は、初めて、そうして、晩秋になれば、だんだん………なればね。夏となれば、真夏になれば…………何と言うか………。そうしてある峠を、飽和状態を過ぎるというと、秋、………冬になるとだんだん固まる。固まり切るというと、これが、…………になる。また、新調する。だから、この思春期という期間はね、発散する。その発散するエネルギーはある目的に使って、決意を持って、方向を決定して、押し出せば成功する。だから、若者たちはみんなそういうそういう時期におるんだから、これは、すべてのその一つの精神に集中させる一つの方向に動き出して押してしまえ。これはもう飛ぶ、転ぶ。だから、そういう、………において若者が、第一だから、好きだ。それから、………。


 まあ、まあ、夜になっておる。まあ、結論に入りましょう。だから、おばあさんから始まるというんだね。(笑い)。どこに行ってるか君たち忘れてしまって。そういう横にそっているよ。おばあさんから始まる。そうして、こういう複雑な条件をして、そのおばあさん級が世界的におきまして、代表的中心人物を、神とサタンの契約のもとで、そうして立たせようと、そういう決定がなされれば、あるおばあさんをポッチリ立たせる。そうして、サタンに対して神が言うには、「君のおじいさんをくれ!」。願いは………。そしてこれが打つ時に破れるのは、破れるのは、ええ、破れるのは、破れるんだよ。打って破れるものは、破れるよ。打っても破れないものは、それを神の方でそれを引き取って、カインの出発の主人公にさせる。何事も世の中はそうだろう。何事であっても、そうしてやらしてからは、そうして、やろうとしてやった結果を決定するには試験という関門がある。それを通過しなければならないのが、これこの世の中の現象なんだね。事実なんだね。


 神の摂理もそうなっている。共にその戦いをやりながら、そのやったのを一つのその一つの方向に終結して、それから造ろうとして一人を立たして、じゃあ、歴史的そのサタンが歴史的そのおばあさんたちのその階級におきましては攻め合った、その勝利の圏でもって今、「神を信ずるその狂信者。確固たる信仰を持っておるその信者に対して一つ打ってみな、試験してみな」。その時はあらゆる………。まず、打つには、打つには、神は何か人に見えるんじゃない。それで誰を通して打つかというんだね。誰を通して打つか。ある時は、国家の権威、権威でもって打つ。それから、団体にある主人になっていれば、団体を通して打つ。家庭、家庭を通して、打つには、家庭の一番主人を通して打つ。主人がなければ、一番愛する長男を通して打つ。そういう立場において、頑として、その位置を確保する。そうして、勝利の基点を造れば、そこから第二出発点を出発しえるその時には、この人がアベルになるし、そのその人の下、弟子とか、そういう人がカインの立場におるんだよ。しかし、関係から見れば、子女の関係になる。上下関係から見れば、子女の関係であり、左右の関係から見れば、兄弟関係である。だから、蕩減は、どこから、どこから、どこから始まるか。子女の関係から始まるんじゃあなくして、兄弟関係から始まる。だから、おばあさんはアベルであり、そのお嬢さんだったら、お嬢さんは何である?。カインである。しかし、愛されるそのアベルである、そのおばあさんが、愛されえないそのカインに対して、親の身代わりとならなければならない。そうして、このそのカインに対して、カインに対して、兄弟の使命を全うしたのは、もちろん親の因縁を成しえ始めたという圏界に入るというと、カインのアベルの使命は、完成されて、カインがアベルの立場に入り、このおばあさんは親の立場に上がる。わかるか何か?。兄弟関係が兄弟関係が変わるんだから、アベルがなくなっちゃうんだから、カインがアベルの立場に入り、このアベルは上になるに、親の立場になる。そういうになっておる。それ原理的。そういう戦いを続けてやるっていうんだね。
 だから、だから、復帰はそこから始まる。君たちの伝道するのも、まあ、我々がその理論を持って、国家的使命をさっと果たし得るのも家庭的にそのにも、あらゆる限界において、この原則の原理は、みんな同じ。統一、だから統一。家庭統一は世界統一になっておるね。一人を統一させれば、世界は一人の延長が世界だから、一人の完成は、世界完成を成すという。まあ、時間関係が………そうなっておる。


 それで、おばあさんから始めて、そういう壮年の壮年、壮年に入っておる壮年。神は、そういうおばあさんのうちから壮年圏内に入ると、おばあさんは、大概、大概、大概、どういう人のおばあさんを神は摂理の………かというと、二人とも結婚しあいながら、愛情に一つになって、一生涯共に離れてはもう、これは死にきれないという、嘆く段階に立っておる父母からはできない。試験的立場に立っておるおばあさんから。それは、なぜか、それはちょっと君たちの研究の分野として残しておこう。みんな教えたら寝てしまう。始めは真剣になって聞くんだけども、後では皆真剣すぎて、真剣すぎて…………。それがほしいんだけど、いつか話すかもしれない。それ話すかもしれない。君たち研究その分野として残しておるんだけど、君たちがハーッ、ボヤーッとすると、ふっと話すかもわからない。聞きたければ聞くし、聞きたくなければ、聞かなくてもよろしい。そういうになってるよ。


 だから、どういう、だから、まあ、正常的な正常的な立場に立っておるその父母の関係から出発するんじゃなくて、試験的な立場におるその基準から始まる。なぜかというと、堕落圏がそういうになっておるから。だから、世界的の、その世界的の万民、世界的にその愛、愛の心を持って、働きその心情を高く持って、出発しえるその部類の人は誰かと、妾の子、そういう人が立つ。日本におきましては賀川豊彦。賀川はそういう類だね。賀川豊彦知ってるだろう?。七、八年前に死んだけどね。


 そういう部類から、その、その、その、そういう部類は、旦那さんから見れば、二つあるんだよ。どなたを愛するか。そういう問題になっちゃうね。誰を愛する?。二人あれば、本妻と、何というか、おれば本妻をさておいて、妾をとった男にとっては、誰を愛するか。(「二番目」)。それは、蕩減だ。神が一番、サタンが一番愛する人を引っ張る。堕落の世界はそういうになってる。なぜ、そういうにするか。人間はもともと二人の父母を持つよりは母を持つようになる。そうだろう。それ、なぜそうするかと。真の父母は二番目だから。原理が皆教えてるんだよ。真の父母は、真の父母は、二番目である。それを、だから、そういう原則のもとで、復帰の摂理をまあ、………………。


 だから、壮年部のその、これは一人一人のその女はいけないんだよ。旦那さんはこれはもう、「あの女じゃなけりゃ、我は死んでしまう」、強烈に愛するその素質をもった、でかい根性の良くない、その大主のサタンの従兄弟みたいのその所詮はこうなる奴でなければならないというんだな。その旦那さんがね、逃げよったら、頭をペコンとやるああいう奴、それは、肉体をもったサタンの王子だな。それはもう狂暴であり、もう何というかな、それはもう、まあ、サタンに近いそういう素質を持ったその旦那さんのもとで一番愛するそういう女を育てるように。まだ、若い女さん………。先生が言っている言葉は韓国の話。初め、日本のその言葉を異なる言葉を使うんだから、よう出ないんだよ。行ったり来たりするんですよ。まあ三日くらいその続ければよう出る。これ壮年の女もいるし、またそれを動員してまた、そうして、年より、六十以上のおばあさんから、四十から、六十圏内にある壮年婦人を中心として、神は御旨を、責任を負わせなければならない。前と同じように、そういうにする青年が立ってそうして、そうしてどの年齢基準まで、至らないといけないかというと、アダム、イヴが堕落前の年齢まで上ってこなければならない。二十歳前までそれが上ってこなければ、若者を通して復帰の働きを………。


 だから、先生はですね、年は多いんだけど、四十、四十の年でもって十八、十八の奥さんをもらった。それ、わからない人はまずいよ。世界的のその使命をもっていることを先生は知っている。その責任の後押しになるその奥さんを迎えるのに三十代はいくらもある。しかし、なぜ十代以下に下がらなけりゃならないか。それ、蕩減原則によって、そういう………。ま、そういうにして、そういうにして思春期に思春期を通過して、その以前に堕落したその以前圏に帰らなければ、みんなずうっと世界からずうっと治めて、収拾してだんだん下がり、そうして、若い者…………その帰着点が女を中心として。それが真の母である。


 そうすると、この働きは、この摂理は、何年間、何年圏内に始めなければならないか。再臨の主が来る前、四十年から、それから上がって行く。そして下がって来なければならない。その再臨の主はこれすべての人の心情的、お年寄りの心情、壮年婦人の心情そうして、若い娘の心情、みんな一つの方に収拾するというと、皆この人に、みんな集めて一つの結実体になった一人の娘に帰着する。それは誰か誰がするか。誰がするかというと、再臨の主だ。なぜ、そういうにしなければならないか。堕落は堕落はアダムの責任、責任分担を完遂しなかったから、堕落した。だから、アダムの堕落によって、アダムの奥さんであるエバが、その再臨の主がアダムの身代わりだ。身代わりとなる中心は、すべての女の汚れをみんな、その贖ってやらなければならない。そうするには、その責任をみんな。もう少し………で言えば、エバはアダムにより造られる。イヴはアダムにより造られる。堕落は何より堕落したか?。言葉より実体を通して、心情が堕落したんだけど、言葉を実体は主が再臨の主が獲得した。そして、神の心情を中心として。勝利圏に感服させて、そのアダムによってカイン創造………。歴史的、歴史的すべての女の復帰段階の現象をアダムによって進めて、そうして、完全復帰、完全創造、復帰された基準を蕩減してやらなければ、女の基準がこの地上において果たされない。そうしないというと、地上には地上に真の父母が生まれてこない。


 こういう、こういう限界が、あらゆる、あらゆる霊界に通ずる人たちが先生に付き合って試験するんだよ。霊通をしたその女は、誰かというと、どの立場に立つかというと、堕落しない時のイヴの立場に立っておる。しかし、堕落した血統を受けついでおるんだから、堕落した血統を受けついでおるんだから、サタン、サタン圏内にまだある。それを越えるには、イヴがアダムに対して「善悪知るの木の実を取って食え」、そのつきつめてその言いつけたと同じく、霊界に通ずる人たちは、再臨の主に対して、忠誠を尽くすのではなくて、「私の願う通りにやってくれ」、そういう現象が起こる。だから、そういう現象が起こるんだから、その神の方から、なんだな、恵み、救いの手がその人にずうっと伸ばされるというと、その人は最後に「自分はイヴである」、そういう話。そうして、「我々は再臨の主にお嫁に行く」、そういう事をいうんだよ。そういう現象。この限界におきまして、ちょっと間違えばみんな曲解する。ここが一番霊的圏内におきまして、何と言いましょうか。一番危険なとこだ。だから、今は末の時期に近づけば、近づく程、霊通する人たちがたくさん出る。そうすると女たちは霊人体が入って言うんだ。「向こうに行こうとするのが君の旦那さんだ」、そういうことを言うんだよ。


 それが、宗教界にその起こるんだから、だから、今仏教も今はね、昔はね、「シチュウ僧」というかな、結婚しない坊さん。何と言ったかな。今は、そのみんなその家庭持ったりするだろう?。……………尼さんは、………………。相対理想を中心とした、その理想をその相対理想圏内に………。だから、今はローマ、ローマ、カトリック教会の、遠からずして、結婚問題を許さなければ、教会は分散し出す。それに反して、その外的世界におきましては、若者たちは、みんなその肉欲満足を求めてガタガタになっている。それが世界的の不安になったんだよ。これを我々は、ま、元の位置に………。その、数多くの霊界的な戦い、その戦いをどうやってこの境界を限界をこれを越えて行かなければならないその立場に立っておるんだから、今後の問題そういう現象が起こって、いかにして収拾するか、問題だね。見てみな、原理的な方法によって、それは………。


 だからそういうのが実地的に現世におきまして、そういう現象を見るというと、我々の原理は絶対に真理だ。今まで呆然としていたのを、その六千年以前のその事件が、アダム、エバのその堕落のその事件が、現世に我々、堕落圏内におる我々………中心とした現実社会内生活圏内におきましての否定できない事実として現われてくる。だから、神は観念的神様ではなくて、現実、社会的、生活的圏内の神に立っておる。だから、万民共に神に立ちえる時期である。いわゆる科学世界、物質文明世界まで、神が主管しえる世界に立ち得るようになってる。そういう世界に近寄って来るんだから、外的世界におきましては、世界政府を模索するようになる。もっと話すれば、理想論になるんだけど、それを話すれば君たちの目玉がみんな引っ繰り返る。そうなると正常的働きができない。ま、それはちょっとよしておこう。まあ、そういうにして、蕩減現象が世界に追い払っているんだけど、地上に住んでる三十六億人は、何のことやらわからない。だから、それ考えてみなさいよ。この地上におるそのすべての人は、二つが集まっておる。一つは?。一つは?。男。一つは?(「女」)。知らないの?(笑い)。大きくして大別してみれば、女、男だ。女、男。文明人やら、野蛮人やらありっこない。神との関係が、そうじゃない。

 却って、先進国この時代は神の方からみれば、それは先取っている。神は後から追って来るんだから、回れ右すれば、誰が先頭?。だから、世界の第二次戦後におきまして、回れ右する時代じゃなくなったんだから、戦勝国が戦敗国に対して、独立をさしてやらなければならない。お土産を捧げなければならない。そういう現象は歴史的になかった。回れ右する時代が帰って来たんだから。しかし、また、外的にはそういうになっておるんだけれど、宗教的圏内において、それが外的世界が完全に百八十度回れば、宗教的圏内は回り始める。何かわかる?。さあ、そういう時である。


 この地上はどういう立場であるか。神の方から見れば、神の方から見れば、今の現世は神の世界に神が理想した圏内を覗き見る、その冠の前に立ったような時代である。だから、民族主義は、滅びる。日本民族とか、韓国の民族とか………いまは主義時代である。主義時代は体の時代じゃなくて、頭の時代、精神的時代だ。今の時代は精神を中心として。


 昔は何の時代かというと、体の時代である。人間を重要視しなかった。物を重要視した。物的時代だよ。それが、それが三回発展して、身的時代、体的時代。身的時代。それがちょっと、だから昔は昔はその国家を中心として、体の長子、頭がいい人が指導したよ。それは国家を中心として、そうなる。今はそうじゃない。今は精神的、世界的、皆優秀なる精神を中心として………。だから物的時代、身的時代、精神的時代、その段階を越えれば、神的時代。発展する。物の世界ばかり発展するんじゃあない。あらゆるものが発展する。だから、心的、精神的世界も発展する。


 だから、そういう段階が、だんだん近寄って来るんだから、それに反比例して、地上は天界に上がるんだけれども、天界は地上の方に訪問してくる。地上の方から上がるには、二つの道で上がるよ。一つは世界の外的世界における、内的………………。これ外的の世界の方の先進国、文明人なるほど、霊界の訪問する、うちあう境界点が近寄って来る。そうだろう?。だから、外的方と内的方に地上は別れて発展して行く。霊界は共に地上に下がって来る。共に会うんだよ。会うんだろう。


 霊のうちで一番悪い、一番低い霊の方が、地上に結ばれる。しかし、こちらの方に接するんだけれど、善なる宗教圏におる人は、悪なる霊は接することはできない。しかし、外的人間は接しやすい。そういう現象がノイローゼ。神経症系統の病気は文明化の病気だ。そういう現象がなぜ起こるかと、こういう霊的、悪霊の接触が一番ジュウモンショになってる。だから、自分の意識を持っているけれど、自分の意識のままに。しかし、悪霊が保護すると恐怖心が起こる。わかるか?。わからないか?(「わかります」)。しかし、宗教圏内は、そういう、霊人がたくさんおるとできない。だんだん救った。そうなると世の中はだんだんと、世の中は悲惨になる。まあ、あらゆる方面で、集団?。事件が起こる。まあ、どうするかと、親が子供を殺す。子供が親を殺す。そこまでなる。だから、地上的の愛情関係は何、世界に………的根底がない。そのくらいまで、落ちる。


 なぜ、そうするか。神に逆らう愛情の出発点から、出発したその愛の末は審く圏内に入って、消えていかなければならない。歴史の運命がある。みんな、それ、科学的になっている。


 我々は上っていくんだけど、どこまで上っていくかと。統一教会はどこまで上っていくか。上がってから、霊界の最高部に上ってから、この動き出した霊界を前に出して、「進め」と号令をかける号令官になる。これはでかい考えだよ。動きだした、動きだした、そのすべてを最高部に立って。


 だから、少し過ぎれば、共産圏内におきましても、霊通する人がぼつぼつ出る。日本におきまして、あらゆる部落において、一つの部落に二、三人くらいは平均的に出てくる。それらが言うのには「明日は雨が降るよ、みんな注意しな、台風が吹き寄ってくるよ。注意しな」。警戒、警報、そういう、その警報もしないのに霊的ラジオでもって、警戒するよ。ちょっと過ぎてみれば、その通りである。「そういうことあるもんか、あるもんか、気候がそういうふうになりっこない」と言うんだけど、急に一晩中にその通りになってしまうと。一度、二度経験すれば、信じざるをえない。「ああ、あの人は今どこへ行くんだけど、あれはもう道で死んでしまう」。死んでしまうんだよ。そういうにして、信じない、信じないようとしても信じえざる立場に立てて、自然に地上は一つの目的圏の方向に向かって、進むような現象が出てくる。面白いだろ?。共産圏、共産圏もそういうになっちゃうんだよ。先生が説明すれば、そうなるんだよ。先生が説明すれば、説明するというのは、まだ、事が起こって、事件が始まって、始まり始まる。出発して始まる。そういうになってるよ。


 だから、君たちは幸福か、不幸かわからないけども、ちょっと辛いんだけど、この段階を自分のその他力でもって行くんだったら、たやすいんだけど、自力でもって行くには難しい。だから、この限界におきまして、我々は、霊通が必要だ。上がるには、ちょっと、難しい。だから、そういう限界におきまして、我々は、霊界と霊界を共にして、上がって行くことがたやすい。霊界は、なぜ、地上をこの援助しなければならないか。アダムは神の子であり、天使長は僕だ。だから、霊界は、アダムが復帰される時代におきましては、天使長が果たしえなかったその使命を地上のアダムに、身代わりの男、女、身代わりに対して、その協助をして、復帰関係、復帰するのを延長したために、天使長の堕落を蕩減して復帰しえる道が開かれた。だから、霊界は、地上人間を援助しなければならない。だから、そこにおきまして、そこにおきまして、過去におきまして、これが接する前には、霊界はこの限界を打開するのが難しかった。ここには、これはゴルゴダがあった。そのかわり、これが通じるようになったんだから、宗教圏内におる人が、犠牲になるんじゃあなくて、宗教圏外におる人が犠牲になる。蕩減はこれ鉄則である。


 過去はアベルを打ってカインを、カインを解放したんだけど、カインを打って、アベルを解放させる。反対の時期になったよ。そういう時期は、複雑的に早まる。(笑い)。そういうことがあるかもしらん。複雑的に本当は複雑だ。夜はこうだけど、こうだと思った。ああ、朝はどうだ。何だこれ?。世の中は一定の目的圏に、自分知らずして、変わって復帰目的を延長しなければならない………。行く間に、何やら、こうやら関係でもって………。


 だから、………。統一教会に入れば、誰それも霊的、霊的体験はこれは決定的だ。まあ、そういう、その体験をしない人は七十点だね。だから、そういうふうに先生は指導してやりたいんだけど、本部の方におきまして、そういうことを、ずうっとやってきた。だから、霊界に通ずる人、高級に通ずる人は、ふっと先生の名前を言うと、そして「祈ってみな」と言えばすぐわかる。「この方はどういう方だ」。だから、世界に世界に広がっているあらゆる霊通人は、先生の弟子である。


 新陳代謝、知っておるんだろう。汗を流したんだから、補給してやる。もしも、日本のその兄弟たちに、この火花を何というか?。導火線を装置して、火をつけてやれば、雷管につければどうなるの?。いかなるでかい岩石にもみんな一気に吹き飛んでしまう。そういう作用だ。それ願うの?。それ願う?(「はい」)。はい?。どのくらい?。先生より以上願わなければ果たしえない。過去はずうっと先生はそういうことをやってきた。みんな、迫害のうちにね、その人を指導するにはね、自分の体験をもってやらなければならない。生命かけて………力のない時には力、力の作用だよ。強いものは残る。なぜ?。


 だから、君たちにおきましては、誰それも善なることを願わない人はいない。人間の形をしている者みんな。そのまあ、犯罪者なんか掴まって聞いてみると、「君、どうして、そういうその犯罪を起こすか?」。「我、知らずやってしまった」。しかし、懺悔して悔い改める。悩んでおる。だから、誰それも悪を願わない、願わないか?。君たちもそう?(「はい」)。そう?(「はい」)。もちろん、日本の餅を論ずる論法じゃないよ。(劉協会長「……」)。うん、ちょっと待って。(劉協会長「まあ韓国においてはですね」)。ちょっと待って。先生の話。(劉協会長「言いたくてたまらないんですよ」)。(笑い)。地上の人たちがそういう思いをしてると、霊界の人はどのくらいその願うかというんだよ。それを許すというと、これみんなその寄ってきて、みんなこれは、ペチャンコになっちゃうよ。


 本部におきましては、迫害、みんな。女としては、その旦那さんにその殴られない女がない。旦那さんとしては、統一教会の食口としてはね、その女によってこれ、何ていうか、これ?(「つねる」)。毎晩、………………。日本のそのまあ女たちもそういうことを体験するだろう。これが統一教会に入るというと、昨日まで、醜い奴である旦那さんがね、ああ、これ、男子の中の美男子だ。美男子。女でもそうなるんだね。………中の嫌がるその女が統一教会に入るというと、美人中の大美人だ。それでも、これは、もう、これ、離しては、もう行かれない。毎晩「君は僕を愛するの?」。………そういう形で、日本の人たちもね、やってるだろ。それはもう公式的になってる。


 一時は、そういう腐敗現象が起こるよ。なぜかというと、統一教会に入るというと、堕落したイヴが堕落しなかったイヴ圏に入る。堕落した男は、天使長は、イヴが恋しくなる。愛によって堕落したその再現象がおこる。女も同じだ。男が入れば、男は堕落しなかったアダムの方へ。堕落した女は「取って食え!取って食え」。そういう現象がみな起こります。それが起こらなかったら、統一原理はみんな嘘である。どうですか?。日本のその奥さんたちに聞いてみましょう。それ間違いないよ。間違いないよ。「あれはまあ、誰それの奥さんだから、そういうことありっこない」。そうじゃない。そういう、でかい腹をしておる人があったら、まだ未熟。届かない人であるか、それとも嘘する女であるか。二つのうち一つだ。だから、こういう現象をいかにして、これを克服するかという問題だよ。それをするには真剣にならなければならない。真剣に。


また、第二次世界大戦が終わったんでしょう?。第三次世界大戦を起こす。しかし、先生におきましてはみんなやってしまったことだ。本部の人みんな、だから本部の人たち、みんな体験したよ。誰でも引っ張り出して、証させればね、君たちは、「そんなこともあるのか」。例えて言えばね、僕はね、ソウルにおきまして、もしも、そのデパートとなんかにこっそり行こうとするというと、「先生はどこ行っていますか?」。「デパートメントに何々その部に行って何を買ってる。何時まではそこに早く行けば会う」と。どこどこへ行くには、こういう早い道が、まあ急ぐんだから、こういう道をとってこういう行けば、会う。そうして、誰にも聞かずに霊界の連絡によって先生の所へ尋ねて来る。「こっそり、見よう」。そうすると、「ああ、見たくてしょうがない」。そうすると、………「その以後、先生どこ行きました?。教えて下さい」。泣き寄って。そしたら、「そんなに見たいのか、起きろ!窓を開けい!右の足を出せ!靴を履け!行こう!」。一人こっそり、行ってるんだけど、「ここの部屋に先生がいるというんですけど本当ですか」。だから、そういうになってるんだから、もしも先生が、いざ急なる金の問題が、経済的問題が出て、これに使わなければならない。そういう時がある。そうすると、神に祈る。しかし、必要であることは、神も知っておる。これは、まあ、もうなければならないという時にはね、「君、タンスの中に何やら、かにやら、何やら、その金とか、その指輪やら、何やらあるだろう。それを、みんなそのみんな総合すれば、何十何万になる。ただちに持って行け、先生の所に」。そういうことがある。もしも、日本の財閥がね、財閥がね、そういう段階になれば日本の財閥、君たちが財閥になる。だからアメリカのそのアメリカの金持ちなんかはみんなそうなんだ。引っかかれば………。だから、こういう働きをやっている。だから、その背後にその背後にその誰も知らない、なんだな、………がある。世界的何ていうかな、驚くべきその………。「聖書による奇跡なんか、その二十世紀にはない」と。そんなことはない。今もある。しかし、そういうことをやると何が起こるかというと、蕩減条件、蕩減条件が起こる。神が恵みがあれば即座にそれは打ち消す。


 だから、環境が騒がしい、うるさい。そういう体験が必要だね。そうして、その基準を突破した人たちは死んでも生きて行く。日本の若者たちにそういう人がおるだろう。真理はいいんだけど、「そういうになりっこない。なりっこない」と言っても自分たちもなっているんだね。その体験をすれば「天国は遠い、遠い」といっても自分たちは天国に入っているんだね。そういう立場に立って世界の現世をずうっと見れば世界は一変して変わる。鳥が飛んでいる。これは芸術的鳥だ。花が咲いている。………花と自分の内的。それこそ、立体的にその関係を持つ。海をずうっと眺めて海と話した。そういうことを理解できる?。先生におきましては、科学的意味においてすべて、理解しておる。論理的基準に立って、それを通過する。そのぐらいに、その素晴らしい、素晴らしい、何と言おうか、奴らが人間だ。そのくらい価値があるんだから、人間には、人間は万物の霊長だからね。釈迦なんかは、天上天下我一人、一人あり。その圏内におきまして、人を中心として、万物が主管しえる、その立場は神の愛を中心としなくては、…………。だから、…………。

 まあ、余談が長くなったな。ありがとう。ありがとうと言ったら、蟻が十匹という意味ですね。蟻は偉いよ。蟻はなぜ偉いか。働き続けて腰が細くなるまで働き続けておる。統一の兄弟がそうになれば、日本の統一は時間の問題である。………まあ、日本全国に広がってるその兄妹たちから先生がたくさんの手紙をずうっと貰ったんだけど、いちいち読んでみたんだ。しかし、ある日はね、十通以上もよこしてくるね。しかし、読むのが面白い。………それを実れば、「日本の復帰は時間の問題です」。そういうその若者たちがそのでかいこと言う。(笑い)。そうなんだ。蟻は家を造る。どこに造るか。どこに造るの?。土の中に。そんなに、その働きかけて家を造るに、統一教会の食口が地下に穴を掘って蟻のごとく働くようになれば、日本でもって問題じゃない。だから、まあ、先生は思う。ありがとう?。日本は復帰歴史の使命を果たす素質がある。(笑い)。朝会っても、ありがとう、夕方、いつもありがとう。蟻が五じゃあないよ、五。十は完全数である。(笑い)。


 まあ、そういう、それはそうであって、だから、………おばあさん、壮年、若者、そうして、………………その外的の蕩減現象がカインの方が受け、アベルの方が逆の方に………………そして、それが地上に神を話が、まあ、向こうから出発して、こう回って、帰ろう?。まあ、先生は、ずっと、………………。


 だから、それわかって、日本の兄弟たち、心配しておるのは、まあ君たちの話を聞かなくとも、先生、ずうっと瞑想すれば、君たちどういう立場におるか、大概わかるね。真剣な立場に立って、祈ればね、日本はどうかわかる。まあ、続けよう。続けようか?(「はい」)。………………昼も夜も、みんな、………………夜通しして、そのやろうと………………それで、まあ、日本の………………考えて考えてしまうんだね。………………。お客さんに対しての夕食はどういうになるか。もう少し、続けましょうか。(「はい」)。はい。(「はい」)。今から始めたら、また、時間がかかるんだけどね、まあ、まあ、崔先生、それからお母様、………………子供がおる。急いで帰らないと。


 君たち、一言言っておこう。完成基準はいかなる状態を言うか。それはね、君たち、知りたいだろう?(「はい。」)復帰完成実体人間と堕落圏内の人間と何が違うか。違うことがない。違うことがない。笑う時も同じく笑う。悲しい時も同じく悲しい。何が何が違うか。生活の根底が違う。なぜ、生活の根底が違うか。我々の話が違う。話が違うんだよ。考えが違う。話が違う。行動が違うんだから、生活の根底が違う。そうだろう?。それ全部なんだ。考え、言葉、行動、みんな違う。だから、生活の根底が違うんであって、その人自身は、目は、鼻は、耳は、口は、手は、同じだ。それが違うよ。また、何が違うか。嬉しいとか、悲しいとか、みんな違う。我々の嬉しいことは、世の中の嬉しいことと違う。まるっきり違う。だから、別の世界の人であるというんだね。それが違う。それ以外に違うことがない。


 まあ、先生の子供たちが三人か、連れてきたんだけどね、よう暴れるんだ。例えばね、ガラスが………。日本にきたんだけどね、環境に支配されない。その素質があるんだね。これは自分の家であると。話が違うのは違うんだけど、人は違わないとそれは知っておる。だから、まあ、暴れるかもしれないね。だから、扉を二つぐらいして、垣をとめてやりたいんだけどね、先生は説明してやる。そうしないというと、君たちは「小便もしない。おしっこもしない」、そういうに思うんだよ。ある者はね、先生、二階に階段なしに上がっていったと思う。(笑い)。ちょっと困るよ。例外は真実と異なる。宇宙の統一は真実を中心として。真理は平常を超越しておる。


 だから、そういうなんだな、どこへ行っても、日本に来たんだけど、日本の国だというその気持ちがない。最初、言葉が違うんだから、ああ、日本だと思うんだけどね、別に思わない。幾ら自分の家が貧しいその家であると………。いかにその立派な所を見ても、………………。世の中の人はそうじゃあないだろう。何というか、歯をくいしばりながら、………………日本に住んだら、これなんだな、いろいろ旅券問題とか、……………。


 本当は昨年来たかったんだけど、一年三ヵ月になる。しかし、先生の戦法におきましては、成功しました。昨年三月頃に「本部の幹部たち一行が、日本に行く。君たち準備せい」と電報打ったら、すぐ連絡したんだね。そこからそれ、日本におきましては、「ああ、大先生が来るんだから、我々は休むことは許されない。全国の精一杯動員だ。物やら人やら何にやら動員せい。動員、動員」と。そういう、やってみた結果、マイナスにはならなかったと。準備をよくよく、よくよく嘘みたいなことをたくさんやった。それ嘘じゃあない。いつごろ行くだろう。「だろう」は太郎に通ずる。日本の名前は太郎さんが多い。(笑い)。


 それは嘘とは決めることはできない。しかし何回もそういうことを繰り返すんだから、今頃になってちょっと、「昨日ぐらい何かね、飛行機に乗ったという電報が来たんだけど、飛行場に降りる姿を見ないと信じられない」。今日、先生そういうに思ったんだよ。そういうふうに思う。「何人くらい迎えに来るかな。最初にもしも来たならば、今日の三倍は迎えに出たじゃないか」。それを先生も願っているよ。まあ、話はそう言ってもいいよ。なぜ、そのくらい。原因はそこにある。そうじゃないか?(「違います」)。おうい、そうだろう。そうなっているよ。………………。だから、そういうこと解決される。しかし、ちょっと困るのはね、みんな先生の子供についてね、みんな握手してみるというんだ。………………………。そうなるというとちょっと困る。………………………。
 だから完成した人間と………は、生活の根底から違う。………………。
 歌を一つ歌いましょう。十二番、園の歌ね。じゃ、始めましょう。

다음검색
현재 게시글 추가 기능 열기

댓글

댓글 리스트
맨위로

카페 검색

카페 검색어 입력폼