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御言選集 [1996~2000]

文鮮明先生御言選集 19971013 - 「訓読会制定」宣布

작성자대태양/김현수|작성시간22.01.28|조회수459 목록 댓글 0

「訓読会制定」宣布

一九九七年十月十三日
一九九七年九月一日、米国・ベルベディアにて「第九回天父主義記念」のみ言に続き、「今日から新しい時代に移行する」と語られ、新しい時代に適した生活指針を下さった。十月十三日、ウルグアイのビクトリアホテルで、これを「訓読会」と命名された。

   訓読会の意味

 訓読会という言葉を知っていますか?「訓」という漢字にはどういう意味がありますか? 教えるという意味があります。「訓」という字には、み言の「言」に「川」という字がくっついています。水は流れるものです。高いところから流れていくのです。水というのは、万物において生命の元素となっています。そうして循環運動をします。山から下り、泉となってあふれ、川となっていくのです。地球全体の血のような水、体のような水が海に流れ込んで、海水と生水が和合し、水蒸気となって、天に上り、雲になるのです。統一教会のみ言を中心として動くところには、復活がなされるのです。(二九六-二〇〇、九八年十一月九日)

 「読」という字は何でしょうか? み言を売るのです。ただで与えるなというのです。千金万金以上の価値として、自分の生命までも捧げられる価値として、伝授せよというのです。そうすれば統一天下になるのです。地上天国・天上天国が間違いなく成されるのです。

 「會(会の旧字)」という字は何ですか?「人」という字の下に何と書きますか?「一」と「四」、それから「日」という字を書くのです。それは何に似ていますか?「會」という字を一度書いてみなさい。「人」の下に「一」を引いて、「四」を書くでしょう?「四」の字を上にある「一」まで伸ばせば、西という字になります。その下には何ですか?「日」という字です。

 西洋人は「一」でなく「日」です(韓国語では共に発音が同じ)。西洋民族は単一民族でなく、混合民族なのです。ですから、会議というのはすべて西洋人がやるのです。「これが民主主義である!」と言って、横的にだけ考え、縦的なものがありません。訓読会をやりますか? み言は自分の家を与えても買えません。国を与えても買えないのです。このままでは生きていけない時代になってしまいました。自分の財産や命を捧げても買えないのが、み言というものです。(二九七-二○四、九八年十二月二十二日)

 統一教会の訓読会というのは、川の水が止まらない限り、私たちも訓読会を休むことができないのです。「読」という字は、「言」と「売」からなっています。売るという意味です。良いものを売るのです。み言を知って、そのすべてを売らなければなりません。分けてあげなければなりません。ですから、これからは村と村が競演大会を行うのです。どれほどやったかという問題……、家庭ならば家庭、教会ならば教会、社会ならば社会で表彰し、その次には、すべての国、世界で表彰する訓読会時代を開くのです。(二九六-二一七、九八年十一月十日)

 「訓読」というのは、み言の「言」に「川」という字です。水がすべての生命の要素なのです。青い地帯をつくり、空気の流れる雲を形成して、深く高く動きながら、世界を平準化するのです。水は世界を平準化するのです。「読」という字は何かと言うと、み言を中心として売らなければなりません。売らなければ、集めて使わなければなりません。水は流れて大きな川となり、海となり、この宇宙を生成する力をもっています。み言のもつそのような内容を知らなければなりません。(二九〇-一五四、九八年二月十八日)


   訓読会の標準

 私たち人間の生活、個人は皆、一つの支脈、一族、血族を中心とした形態、支流のようになっており、それがだんだんと大きくなって、一つの国、一つの理想世界、一つの大河を形成し、一つの霊界にすべて帰結するのです。霊界に行って、霊界の生活、海の生活、そのような形態の永遠なる動きが続くのです。正にそのようになっているのです。

 ですから、人間は一人で生きていくのではありません。どのみち人生は、一度は行ってぶつからなければならないのです。川の水が最初に山から流れるときには、千万の形態となって滝として落ち、ぶつかりながら、大洋に入っていくのです。ですから、すべては一つの世界に向かって入っていくということを知らなければなりません。

 さて、そこで皆さんに教えたいのは、「川」という字と「読」という字です。この「読」という字は、み言を中心として売る、み言を売るということです。み言を自分に留めておかないで、みな伝授してあげなければならないのです。一雫の水は支流となり、さらに大きな支流、本流となって、大洋に入っていきます。すべて大きくなっていくのです。そのようなみ言をすべて伝授し平準化させる、そのような内容が訓読会なのです。

 訓読会をする理由は何ですか? 皆さんは今まで旧約時代、新約時代を経て、成約時代を迎えていますが、「成約時代」とは何ですか? それは家庭完成です。旧約時代には家庭を原理的に立てることができず、堕落した家庭となりました。この家庭基盤で失敗したことを復帰するには、家庭で復帰してはいけません。より高い次元の国家的基準で復帰しなければならないのです。そのために第二アダム的なメシヤが来て、復帰しようとしたのですが、すべてが失敗したのです。

 それで第三のアダムが来て、国家的基準ではなく世界的基準において、言うなれば大きなアマゾンのような川の責任を果たしながら………、アダム家庭の失敗、イエス家庭の失敗、その上に民族・国家・全人類的な失敗を、総蕩減しなければならないのです。すべてに責任をもって、きれいに整理しなければならないのです。それでようやく人類の真の父母、アダムとして完成すべき真の父母、神様の創造理想のみ旨の本体である四位基台……、アダム家庭における愛の理想完成の定着地を中心とし、それを伝統とすることによって、万民がそのような種となるのです。アダムが種ですから、皆さんも同じ価値の完成した種のような家庭をもって定着し、天国に入っていくのです。

 それができていないのです。皆さんは祝福を受けてから七年路程を経なければなりません。先生もその道を行くのです。今まで皆さんは、この復帰路程において、蕩減の公式に合わせて歩むのがやっとで、それを知らずについてきたのです。三六家庭を祝福したのも、三十余年前のことですが、四十年近く過ぎた今になって、やっと今までなしてきたことの意味が分かるようになってきたのです。

 それでは、この訓読会の標準とは何でしょうか? 真の父母が、堕落した世界の歴史を代表して、この世における家庭理想を蕩減し整備した基盤の上に、神様の願いである創造理想的な祝福家庭を完成するのです。その完成した家庭は、一個人の家庭ではありません。アダム家庭は家庭王にならなければならず、氏族王、民族王、国家王、世界王、天宙王にならなければならず、地上天国と天上天国の王権を授かることができる代表的家庭です。それと同じように、皆さんの家庭も皆さん一人ではないのです。

 先生のみ言は、今まで先生が歩んできた闘争記です。言い換えれば、家庭完成をする戦勝の記録です。この記録は、皆さんの骨や肉のように一体となり、中心とならなければなりません。そのようなみ言と一体化できる骨と肉となり、生活的環境と一体化させなければならないので、家庭が定着しなければなりません。真の父母の家庭を代身しなければなりません。

 父母の家庭を中心として氏族圏・民族圏、そのレベルがすべて同じ国家的基準に立ち、平面的に同じ位置に立たなければなりません。それゆえ、最後にはこれが蘇生・長成・完成、アダム時代・イエス時代・再臨時代という蕩減を通して、復帰して上がってきたのです。引っ張られて上がってきたのです。上がりきってからは、すべてを横的に蕩減復帰しなければならないのです。

 先生が闘争してきた個人的時代、家庭的時代、氏族的時代、民族的時代、国家的時代を代表して勝利的な真の愛の覇権者(としての闘争記)………、神様と真の父母を代身した一つの愛の種のような家庭に向かって清算するための、歴史的な闘争記なのです。そこに一体となれず、心と体が一つにならなければ、家庭理想は破壊されます。先生はそのようなすべてのモデルとして、戦勝的な記録を築き、皆さんの骨と肉ができる前に、その型を築いておかなければならない立場に立っているということを知らなければなりません。

 それが重要なことです。ですから、この訓読会は皆さんが聞き流してはなりません。毎日のように自分自身と比較するのです。良心がみな知っています。説明する必要はありません。すべて分かるようになっています。自分がいかなる位置にいるか、皆分かるようになっているのです。分からないようにはなっていません。そうして、皆さんの家庭が、全体から見で、み言の内容と比較して一体化、イコールとなれる価値的な存在として、神様に永遠に認められる永生の実体基盤を、家庭において築かなければならないのです。

 サタンの血統が残っている限り、永生の因縁が残らないのです。サタン世界の血統を凌駕した愛を中心として、愛の全体の骨肉、自分の生活圏のすべて、神様が創造した環境にまで、主体的な影響を与えられる家庭にならなければならないのであって、影響を受ける家庭になれば、天国に入っていけないのです。

 そのような膨大な過程を考えてみるとき、皆さんの家庭はどのような位置にあるのでしょうか? 誰も当てはまる者がいません。今や第三次アダムの完成は、三億六千万双を完結すればなされるのです。次は、サタンの血統をすべて断絶しなければなりません。サタンの血統が断絶し、堕落の痕跡がない、そのような基盤の上に定着していく家庭が、第四次アダム圏なのです。(二八八-一〇八、九七年十一月二十五日)


   訓読会の重要性

 訓読会の重要性はなんと大きなことでしょう! 天上世界や地上世界において、自分の子孫や一族を、一挙に打って分別できる内容なのです。それが皆さん自身にかかっていることを知らなければなりません。常に深刻です! 霊界にいる先祖から世界の子孫たちにいたるまで、自分にかかっているというのに、どれほど深刻なことでしょう。一歩誤まれば皆ひっくり返るのです。(二九六-二三七、九八年十一月十日)

 皆さんが今、地上でやっている訓読会は絶対に必要なものです。そこに合わせて着地しなければなりません。霊界は既にそれをやっています。霊界では一週間以内にすべてが定着します。ですから、地上でやるべきことが、どれほど急がれているか知らなければなりません。訓読会を通じて家庭が定着できる時代に入ったのです。それで訓読会が重要なのです。これは霊界にいる自分の先祖の解放と今後の自分の後孫を解放するためのプログラムです。過去・現在・未来が一つなのです。(二九一-二三七、九八年三月十五日)

 訓読会を重視しなければなりません。ご飯を食べることより重視しなさい。そこに面白さ、醍醐味を感じなければなりません。「私が今、どこに向かっているのか、いかに生きているのか?」というとき、何点になるかというのです。すべてに点数をつけなければなりません。自分自身のことは、自分が一番よく知っています。それから一六〇家庭、一八○家庭を祝福し、氏族が入籍するときには、皆さんの姿勢を重視しなければなりません。

 ご飯を食べるよりもおいしく、現在暮らしていることよりも現実的でなければなりません。ご飯を食べることは忘れても、訓読会を忘れてはなりません。一日のうちで朝だけ訓読すべきですか、昼や夜にも訓読すべきですか? 夜食を取る時間があるなら、四回やらなければならないのです。朝に起きて訓読し、昼にご飯を食べてから訓読せよというのです。夕ご飯を食べて訓読し、眠る前にまた訓読するのです。そうすれば霊的な生霊が育つのです。やらなければ、真っ暗で雨の日のようであり、霧がかかったように胸が苦しいのです。祈祷する時間より、訓読会の時間をもっと重視しなければなりません。なぜですか? それは完成するためです。真の父母が皆さんを完成させる時間だというのです。(二九五-二七四、九八年九月八日)

 訓読会は涙なしでは過ごせない時間であるということを、皆さんは知らなければなりません。今は不平を言える内容が何もないのです。すべての者が歓迎しなければならないのです。真の父母が定着したすべての心情世界を、皆さんの家庭に安着させるためにも、訓読会は絶対に必要なのです。家庭的な訓読会、社会的・教会的・国家的な訓読会、世界的な訓読会が始まるのです。(二九二-二一五、九八年四月十七日)

 先生は闘ってきた過程で、霊界の協助を受けてきましたが、皆さんも同じく霊界の協助を受ける条件を立てなければなりません。家庭が地上に定着するとき、サタンが讒訴し得る環境を越えていかなければならないので、訓読会が絶対に必要なのです。(二九二-二一五、九八年四月十七日)

 訓読会が絶対に必要です。三百六十万双、三千六百万双、四千万双、三億六千万双を誰が教育しますか? 私はそれを信じません。私はみ言をすべて知っています。そのみ言に私が涙を流し、生命をかけてみ言を宣言し……、すべてがそのようなみ言であったということを、私はよく知っているのです。そのみ言を皆さんはすべて忘れてしまったのです。(二九六-三三二、九八年十一月十八日)


   訓読会の方法

 訓読会の良い点は何ですか? 本を分けてあげ、読むときには、本を持った人が読んでから、誰が読むようにと指名するのです。これを訓練しなければなりません。そして、訓読会をして必ずいくつかの題目について質問させなければなりません。聞いているだけではいけません。訓読会をやる者が十名来たならば、そのうちの三分の一は、必ず関心があって質問したいのです。一度にすべて質問させるのです。時間が足りなければ、数名だけ質問させ、それについて解説してあげるのです。それが講義よりも重要なのです。本を三回読めば、はっきりと見えてきます。訓読会をするときは、声を出して読まなければなりません。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 訓読会は本を使ってやらなければなりません。本を使えば、誰でも四十日修練をすることができます。それが及ぼす影響がどれほど大きいことでしょう。訓読会を通じて、本をもって、そのようにやるのです。訓読するにあたって、代表して読むよりも、順番に本を読まなければなりません。今回、私が指示しようとするのはそれです。本を使って訓読会をしながら、自分が読んでから、誰それと指名して読ませるのです。一時間ならば四十ページ近く読むのです。早く読めば五十ページまで読むことができます。十ページずつ五名に読ませて訓練しなければなりません。読みながら自分の声に感動しなければなりません。

 ですから、恵みにならなければ、責任者たちは訓読会のために本を十度以上、読んでから出てくるのです。先生自身もそのようにしているのです。巡回講演するときには、自分が原稿をすべて書いて知っていても、祈る思いですべてを透視しなければなりません。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 訓読会とは恐ろしいものです。先生がそのみ言を宣布したのが、五十年前、生死の境の真っ只中で語ったものです。このみ言を中心として一人でつぶやいていた……、天下が張り裂けるような思いを抱いて語ったものなので、これは天の心情、霊界が協助するものであり、感じたそのものが生きているのです。永遠に時間圏を超越したものなので、昨日であれ、今日であれ、生きているのです。ですから、私のような者は訓読会に入れば、そのみ言が自分の言葉ではありません。その境地に引き込まれていきます。その境地に入っていくのです。それが必要なのです。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 太陽の光が朝昇れば、変化無常ではあっても、常にその光、その世界、その力があるので、この宇宙は太陽の光の恵沢に永遠に感謝するのです。それと同様に訓読会を中心として、永遠なる天が生きている……、永遠なる世界の因縁が時空を超越して継続するという感動的な因縁を、どこで結ぶかというのです。生死の境です。死なんとする者は生きるのです。死ぬのは私であり、生かすのは神様なのです。そのような深刻な境地に入らなければ、そのような者たちは使えない者たちです。流れていくのです。過ぎ去っていくのです。根がなければなりません。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 今から帰って訓読会をするときは、一人でやらないで、必ず一緒に本を音読しながらやるようにしなさい。そして、自分が訓読して、だいたい五ページから十ページほど読んだら、誰それと名前を呼びなさい。そうして、指名された者が引き続いて読むという、そのような伝統を立てなければなりません。そうして、その日の訓読会で重要な内容に関しては、「今日、この訓読会で重要な内容はこれですが、これは私たちが守っていくべき鉄則です」と決めて、その日の標準を立てるのです。(二九七-一〇九、九八年十一月十九日)

 先生のみ言は、五十年の歴史を経ながら霊界と一体的な動きを連結してきたので、そのみ言が現れれば、霊界全体が、自分の協助した過去時代、そのとき先生と切に祈った心情圏が、すべてみ言と共に世界を覆うのです。

 訓読会をする人が涙を流せば、すべての人が涙を流し、訓読会をする人が感動すれば、すべての人が感動するのです。どんな大衆が集まっても、そのような運動が起きるのです。なぜでしょうか? 霊界が直接に再臨するからです。そこに感動したすべての霊人たちが、地上協助、文先生の解放協助………、恨の神様を知る心情を中心として願ってきたすべてが、今この時になって完全に実現するという運動が起きるのです。

 ですから、肉界で「訓読会だ!」というときは、天上世界においてすぐに反応するのです。今や訓読会の独裁時代が来る! 今、私が何と言いましたか? 訓読会の独裁時代です。独裁という表現はあまりよくないですが…………。

 その訓練を今からやらなければなりません。その訓練は家庭訓読会、その次には氏族訓読会、社会では教会訓読会です。面(町)や郡や里(村)、洞(町)の訓読会をやるのです。成約時代に発表したみ言を中心とした十二巻のみ言選集を、党首、道知事(県知事)、郡守、面長(町長)を通して、すべて分けてあげました。訓読会をやらない国は滅びるのです。奪われるのです。後退するのです。(二九六-二二一、九八年十一月十日)

 皆さんは今後、いかに訓読会をすべきですか? 今後、世界的にまず訓読した人々は、世界訓読歴史創建時代の代表的な一つの地域ならば地域、国ならば国の中心指標、中心支柱になることを知らなければならないのです。

 皆さんはここでこうして終わるのではありません。一回から二回、三回、四回までやったなら、ここで教育を受けた者は、全世界に散らばって教育する責任があります。食べて寝ることを心配するなというのです。家を売り、土地をすべて売ってしまって、避難民のようにさ迷ったとしても、皆さんが定着できる所は、世界の主導的な訓読大会の先祖という立場に定着するのです。そのようにすることで、世界化が可能なのです。祝福の世界化が可能です。そのような驚くべき未来があることを知らなければなりません。

 すべての山間に統班組織のような組織をつくり、それに責任をもった人たちは、自分の部署が天の国、霊界の一つの部署となって、霊界と隔たりのない一体的な基準に合うように、責任をもって教育せよというのです。(二九六-二二一、九八年十一月十日)


   訓読会をする理由

 韓国がこんなにも困難な目にあうのは、摂理的な意義があります。精神を取りますか、物質を取りますか? 二つをいっぺんに取ることはできません。物質を先に取ったら地獄に落ちます。物質を壊したのは、文総裁を中心として韓国を愛するためだと考えられます。ですから、私が訓読会をするのは、精神的に結束するためです。これまでの歴史にないことが起きるのです。(二九〇-九三、九八年二月三日)

 世界化時代にどこの橋を渡っていきますか? 文総裁の橋は世界最高です。息子や娘を皆、私に任せなさい。任せますか、任せませんか? 任せるだけのことはありますか、ありませんか? 任せるという者は手を挙げてみなさい。世界に出世できる万全の準備が整いました。それで私がここにやって来たのです。今やみ言を教育しなければならないので、訓読会をするのです。(二九〇-一五八、九八年二月十八日)

 今や教育であろうが何であろうがすべてをたたんでしまえというのです。訓読会さえすれば、すべて終わるのです。ご飯を食べる度に、家族や一族が集まって、しきりに訓読会をやれというのです。先生は熱心にやっているでしょう? 先生は時間さえあれば、訓読会をします。そうすればどんどん大きくなるのです。モヤシに水をやれば成長するように、我知らずどんどん大きくなるのです。一人の人間であっても、どんどん入るのです。愛は無限に縮小や拡大が可能なのです。(二九〇-二一七、九八年二月二十七日)

 よくよく見てみると、訓読会というのは、み言を通じて家庭が定着するという内容です。家庭の伝統になるのです。息子や娘の教育は、心配する必要がありません。真の父母が生きてきた生活と教えが、今すべて成就しているのです。今になって、すべてが合っているのです。(二九二-一七、九八年三月二十七日)

 訓読会をするのは、自分の行く準備をするのです。千年万年の歴史が、私を離れて行くかどうかというテストです。あなたがたが三億六千万双の祝福家庭の教育をどうしますかと尋ねたとき、私は笑いました。皆さんに教育ができますか? 十年もしないうちに、皆荷物をまとめて出ていくでしょう。先生はみ言を残していくのです。(三〇三-七九、九九年八月)

 私は去りゆく者です。地上で私かやるべきことは、すべて成しました。今や八十の老人になったでしょう? 私は世の中をすべて知っているのです。若者たちは皆、八十の老人が前に出て働くことを好みません。「わあっ! あんな人がいるなんて?」と言うのです。それよりもみ言を好むのです。年を取った人の顔と対するのが好きでしょうか? それで今、訓読会をやっているのです。精読させて試験するかもしれません。(二九七-一〇九、九八年十一月十九日)

 沃土というのは肥料が必要ないのです。本来、神様が創造した地は、自動的に自然の栄養分を供給するのです。ですから、精誠を尽くせというのです。精誠を尽くして活動せよというのです。種を植えよというのです、種! それで第一次、第二次、第三次イスラエルの失敗をすべて教えてあげようとして、訓読会をするのです。先生がどれほど苦労し、神様がどれほど苦労したかを知って、そこに一致し得る基盤さえ築けば、すべてが解放されるのです。それで訓読会をやるのです。(三〇二-二九三、九九年六月二十六日)


   訓読会と統班撃破

 今や統班撃破の時代になりました。祝福家庭が皆、統や班に住んでいるので、完全に訓読会を行うことで、統班撃破をして一掃できる時が来たのです。根まで抜いてしまうのです。根こそぎ抜く時が来たのです。それを自分の家でやりますか、見物しますか? 自分の家でやりますか、見物する者になりますか? 皆さんが自分の家でできる資格を与えるために、訓読会をしているということを知らなければなりません。(二九六-二三五、九八年十一月十日)

 今から統班撃破の訓練をしなければならないということを知るべし! アーメン! 十本の指の節々を踊らせながら、天に任せられた組織編成のために、今日もこのような歩みをしているということを知らなければなりません。統班撃破、一度言ってみなさい。(「統班撃破!」)。統班撃破!(「統班撃破!」)。統班撃破!(「統班撃破!」)。絶対教育は訓読会!。 絶対教育は訓読会!(「絶対教育は訓読会!」)。訓読、訓読、訓読、訓読!(三〇〇-一八八、九九年三月三日)

 訓読会をできる者がいるなら、誰でも来てやりなさいというのです。政治家もやれというのです。聞いて心に感動を受け、自分の行路を正せる教えがあるなら、自信があるならやれというのです。できなければ、後退せよというのです。口を開くなというのです。今やらないわけにいきません。面(村)まで、統班(字)まで撃破できる運動を始めたのです。世界的です。韓国を信仰の祖国としていますが、その祖国の地にいる本国の人々が、誰よりも訓読会のチャンピオンにならなければならないので、このような挙国的なことをするのです。(二九〇-一五八、九八年二月十八日)

 今や私が基盤をすべて整えました。世界的に整えたのです。統班撃破は結論が家庭だと言ったでしょう? 女性連合を創設するとき、女性連合は家庭連合に移行すると、既にお母様が講演したとき、世界的に発表したのです。行く道がそうです。このような準備をすべてしたのですが、どれほど驚くべきことでしょうか? 多くのお金を使って、全体が全盛時代になったのです。すべての団体が全盛時代を迎えたのです。勝共連合、世界平和教授アカデミーも全盛時代です。郷土学校もその時から出発しました。組織を完全に編成したのです。

 組織の闘いです。今や誰も私たちに反対する者がいません。今回、それを実験したのが訓読会です。「レバレンド・ムーンが真の父母である」ということを世界が皆知っています。「再臨主が雲に乗らないで来るとしたら、レバレンド・ムーンこそ再臨主である」と、西欧社会では結論を出しています。(二九〇-三〇六、九八年三月四日)

 私たちが今から統班撃破を強調して、訓読会をやるようになれば……。訓読会をするというのは、先生の言葉ではありません。天の言葉です。天の言葉なのです。霊界を知り、天を知った、そのすべての内容を中心とした結論的な地上の活動がなければ、地上の解決点を見いだすことができないのです。地上の解決点を見いだすために、旧約時代と新約時代にメシヤ、救世主を送って、終結させようとしたのです。それが救援摂理なのです。(二九七-一九三、九八年十一月二十日)

 どこに訓読会の根を下ろすかというと、班に下ろすのです。全国の人々が班において暮らしています。そうでしょう? 班、家庭の中で暮らしています。家庭を中心として核心要員が、訓読会を通じて今後教えなければならないのです。そのような責任があるのです。統班撃破を今やっているのです。訓読会がそれです。訓読会をやっていますか? 訓読会を中心として週報が出ているのです。

 この週報は私たち食口だけが読むものではありません。一般社会の家庭の実情がどうであるかを知り、地域の問題を知って、それを撃破するため、消化するため、祝福家庭全体が、韓氏ならば韓氏、金氏ならば金氏を動員して、消化する運動をしなければならないのです。

 今や「世界基督教統一神霊協会」ではありません。「世界平和統一家庭連合」、家庭連合です。家庭が根です。サタン世界は家庭を収拾するすべを知りません。中間で堕落し、無知のうちに堕落したので、目的も知りません。班(字)においても皆目的を見いださなければなりません。家庭に定着しなければなりません。国がどんなに仕事をしたとしても、面(町)まで入っていけません。国家的な行事をするにしても、里長(村長)を一人か二人連れて大会に参席するのであり、班まで動くようにはなっていません。しかし、私たちは反対です。反対なのです。ですから、統班を中心として統一運動をしなければならないのです。この訓読会を中心として、全面的にカバーしなければならないということを知らなければなりません。その班の中に祝福を受けた人がいれば、消化するのは問題ありません。そこに配置するのです。

 ですから、他人を伝道するなというのです。自分の母、父、親族、兄弟たちを伝道せよというのです。今まではカインを中心として伝道してきました。カインを救おうとして、自分が犠牲になりましたが、今や長子権、父母権を復帰したので、自分の一族を救わなければならないのです。祝福家庭は氏族的メシヤ、家庭的メシヤになったでしょう? イエス様は氏族的メシヤを失敗しました。ですから、百二十名をすべて伝道しなければなりません。先生の時代には百八十名です。百六十名、百八十名この家庭を救わなければならないのです。それが一族です。七代になるのです。それもたくさん繁殖していない家庭を中心として言っているのです。その計画を立てなさい。以前、宗親連合をつくるように言ったでしょう? 今、その組織ができていないではないですか? まだ、やっていないでしょう? それを活性化しなければならないのです。統班まですべて入るのです。

 家庭を誰が占領するかは、世界を誰が天の側に振り向かせるかにかかっています。サタン世界はどんなにやっても、家庭を振り向かせることができません。今日の問題は青少年問題、家庭破綻です。それは誰も防御できません。私たちしかいません。神様が許した特許権です。この世のいかなる個人も、宗教も、団体もできません。私たちだけができる特権をもっているのです。

 家庭ごとに皆計画を立てて、誰を訪問するかというプログラムを組んで、自分の一族を祝福するのです。自分の氏族の誰かが山の中に一人で住んでいても、誰かが訪ねていって通告するのです。その責任を果たさなければならないのです。今、そのようにする時なのです。一年以内にすべてを終えて、韓国を完全に一掃してしまわなければなりません。

 それで今、若い青年たちを祝福してあげなければならないのです。先生が祝福してあげる人は、結婚して自分勝手に暮らしている人たちではありません。未婚の男女です。それも、家門の伝統に従って純潔を守る人たちを祝福してあげるのが先生の責任です。ノラ犬のような者を祝福しても問題が大きいのです。どれほど私が苦痛を受けているか分かりますか? そのままの生活習慣を続けながら、み旨に向かう姿勢とどれほど隔たっているか知っていますか? それなのに、すべて平準化したと思っているのです。

 バランスを取って水平にならなければならないのです。自分たちが水平にならなければなりません。バランスを合わせなければなりません。低いと思ったら、高いところに行って合わせるのです。主体があれば、主体が願うとおりに合わせていかなければなりません。自分の思いどおりやれば、すべて壊れてしまいます。二人とも壊れてしまうのです。なくなるのです。

 原理がそうです。創造された環境には必ず主体と対象があります。この主体の前に対象が一つにならなければなりません。これが一つにならなければ、発展もないのです。希望もありません。公式的にやらなければなりません。公式のとおりに解いていかなければなりません。ですから、統一食口は自分勝手にできません。公式に参与しなければ、すべて脱落するのです。木の葉は風が吹けば落ちます。それと同じことなのです。(二九九-二五二、九九年二月十八日)

 全国の家庭を全体化しなければなりません。ですから、一万二千の訓読会家庭です。韓国で、最初が一万二千家庭でしょう?(「韓国の状況で一万二千家庭です」)。一万二千家庭だけで十分でしょうか? 一万二千個、その次は十二万です!。十倍に増やしなさい。その次は二十四万個、三十六万個、その次は百六十万個、千六百万個です。訓読会をつくるのです。統班撃破です。

 これからは、家庭でみ言を中心として訓読することによって、天の国の……。それに従って自分の先祖も訓読会に参席するのです。地上ですることに、共に霊界から残らず出勤させることによって、一つの国となるのです。これは聞き逃すような言葉ではありません。実践しなければなりません。

 訓読会をやるのです、訓読会。やらなければ、皆さんが蕩減を受けるのです。放っておかないのです。いったん来たならば、放っておかないのです。こいつ! 災いを転じて福となしながら天国に連れていくのです。サタンは災いをもって地獄に連れていったでしょう? 正にその反対です。強制的にやらなければなりません。今までは蕩減があったので、そのようにぐるぐる遠回りしたのですが、今や蕩減がありません。即決時代です。恐ろしい時を迎えたのです。(三〇二-三二〇、九九年七月二日)


   祝福家庭の総動員

 祝福家庭はすべて出ていかなければなりません。会社も何もみな片づけて、出ていかなければなりません。これからは、行って訓読会をやれというのです。会社に行くにも、訓読会をしてから行かなければなりません。教会の説教する体制は過ぎ去るのです。これからは訓読会です。みんなそれを準備しなければなりません。祝福家庭は皆準備しなければなりません。(二九〇-一二五、九八年二月十五日)

 これからは、ただじっと座って暮らせるようにはなっていません。荷物をまとめろと言ったでしょう? 風呂敷をかついで、行商をやれというのではありません。大移動をしなければなりません。訓読会の精誠を尽くした涙の跡と共に霊界に行けば……、その伝統に従って子孫が相続していきます。ですから、真の父母と霊界が協助できる版図を、全世界の村という村、家という家に扶植しなければなりません。植えなければならないのです。(二九六-二三五、九八年十一月十日)

 私たちの理想を享有できる主義や主張が何もありません。訓読会が最後です。統一教会の人々のうちには、そのように実感する者がいないでしょう? 先生に従っていくことを簡単に考えているのです。これをやらなければなりません。これからは先生が関与しません。会わないようにしなければなりません。会うためには、皆訓読会をして試験するのです。訓練して訓読会の隊長になれば、世界のどこに行っても食べていけます。一つの村に行っても毎日熱心にやれば、食べていけます。すべてがその者について回るのです。

 韓国人は一冊の本で、経済問題がどうこうと言っていますが、何が経済問題でしょうか? 韓国は産業がなくならなければなりません。韓国は観光地ですが、観光地も過ぎ去ります。好きなときに来て観光する所ではありません。回転せしめる焦点です。焦点がここで消えるのではありません。しきりに回らなければなりません。一つの点を中心として大きくなっていくのです。韓国は一つの国となってこそ発展するのです。韓国では自然の水を飲めるように、産業基盤をすべて撤収してしまわなければなりません。ですから、既にIMF(国際通貨基金)によって、すべて整備しているのです。

 それに先立って、み言を中心として再出発しなければなりません。あなたたちは今回の大会のときは、自分の家を売り払っても、国を生かす運動をせよというのです。そうすれば、日本が従い、世界が従ってきます。復帰がそうです。旧約時代、新約時代、成約時代となりますが、これを合わせると、自分の家庭を中心として物質、息子、父母、神様です。物質を犠牲にするのは、息子を探すためであり、息子を犠牲にするのは父母を探すためであり、父母を犠牲にするのは神様に侍るためです。ですから、「天地父母天宙安息圏」というのは、とてつもないことです。初めて地上に安着できるのです。旧約時代と新約時代を完成して、成約時代に入り、神様の安着を宣布したのです。成約時代とは何ですか? 安息圏です。それが何かと言うと祝福の座なのです。(二九〇-二一七、九八年二月二十七日)


   訓読会の伝統と価値

 統一教会で訓読会を一番一生懸命にやる者は誰ですか? 先生です。長子の訓読会隊長であり、父母の訓読会隊長であり、王の訓読会隊長です。個人訓読会、家庭訓読会、教会訓読会、世界訓読会を通じて、訓読会の伝統を立てるべき時であるということを、皆さんは知らなければなりません。(二九三-一〇八、九八年五月二十四日)

 永遠なる価値が、この訓読会の背後にあるのです。それほどに味があり、それほどにおもしろく、それほどに醍醐味があり……。訓読会は趣味のようなものです。アーメン!(二九三-一〇八、九八年五月二十四日)

 これからは、みな訓読会を通じて、すべてのみ言が皆さんの鏡と同じです。み言で透視して、自分の目に埃があってはならないのです。み言と一つにならなければなりません。先生がそれを中心として生涯、闘い抜きませんでしたか? 闘って勝利したならば、勝利の道を伝統として受け継がなければなりません。(三〇〇-一五八、九九年三月三日)

 先生が訓読会をやるように言ったでしょう? 訓読会のみ言は、真の父母が闘い抜いてきた戦勝の記録です。勝利した伝統の記録です。天宙解放圏を築くときまで、この伝統的な事実を、自分の生活圏に適応させ、自らの生活を毎日のように批判しながら、相対的な実体圏を自分が立てなければならないのです。(三〇一-八〇、九九年四月一六日)

 天国に行くことを心配してはいけません。死ぬまでに訓読会を干回以上できなければ、夜を忘れて一生懸命にやりなさいというのです。そのぶんだけ、霊界の基盤が整うのです。訓読会を十回すれば、天の前に十回悔い改めて涙した、という事実になるのです。(二九三-一〇八、九八年五月二十四日)

 皆さんが訓読会をすると、霊界が皆さんに代わって、先生のみ旨が成就するように協助するのです。そのような再創造の恵みの圏内に皆さんを押し込むのです。(二九三-一〇五、九八年五月二十四日)

 訓読会を通じて絶対信仰・絶対愛・絶対服従という原理のみ言を中心として、天と地のその法度に従わなければなりません。今や新しい法、憲法が出てくるのです。地上で絶対信仰・絶対愛・絶対服従すれば、永遠なる天国が築かれるのです。ですから、皆さんは自然に天の世界を地上ですべて見て、感じて、知って生きるようになるのです。(二九三-二七四、九八年六月二日)

 今は本で伝道する時です。訓読会をするようになれば、教師も必要なく、牧師も必要ありません。昼に夜に訓読すれば、天国の家庭になるのです。(二九七-一一八、九八年十一月十九日)

 地上世界から天上世界、天国に向かって高速道路で直行できる時代においては、一人では行けません。家庭を収拾して氏族を率い、民族を率い、国を率いていかなければならないのです。ですから、そのような国が残っている限り、皆さんの責任遂行が残っているということを知らなければなりません。(三〇二-二八一、九九年六月二十六日)

 訓読会は人類を救い、神様の摂理を完成するためのものです。今、この時の訓読会を通じて、霊界が皆さんに連結されるのです。真の父母を助けていた霊界が、皆さんにも連結されて助けてくれるのです。ですから、訓読会をすれば、怨讐がきれいに清算されるのです。迫害がなくなり、全世界だけでなく、霊界まで解放されるのです。

 そのため訓読会を熱心にせよというのです。熱心にする家庭は、福を受けるのです。霊界を解放するために、そして、先祖を解放し、今後生まれくる子孫たちの罪悪の壁を壊すために、家庭訓読会、教会訓読会、国家訓読会、世界訓読会、地上・天上の訓読会をしなければなりません。訓読会を通じて、言界にいるすべての先祖に教え、祝福の道へと導くのです。(二九三-一〇六、九八年五月二十四日)


   訓読会は必ずやること

 皆さんは何のはばかりもなく、訓読会のみ言を聞きたいし、訓読したいと思わなければなりません。そのようになってこそ、自らの解放圏が生まれるのです。そこに引っかかりがあれば、どれほど恐ろしいでしょうか? 訓読会がご飯を食べるよりもおいしく、遊ぶことよりもおもしろくなければなりません。(二九二-七三、九八年三月二十八日)

 朝ご飯が食べられず、昼ご飯が食べられなくても、訓読会をしなければなりません。それゆえ、霊界をはっきりと知らなければなりません。訓読会を始めてから一年八か月が経ちましたが、その期間に自分自身が、霊界についてどれほどはっきりと知り、信仰基準の次元がどれほど高まったかを省みなければなりません。(三〇二-二九三、九九年六月二十六日)

 私にどうして訓読会が必要ですか? すべて知っているのです。しかし、皆さんを教えるためには、どんなに学者になっても繰り返さなければならないのです。知らなければ、何度も何度も繰り返して、伝統を残すために繰り返さなければならないのです。皆さんも同じです。皆さんの一族の前に、繰り返して伝授しなければなりません。そこにどれほど精誠を尽くしたかによって、皆さんの子孫が正しい種になれるか、歴史時代に必要な者になれるかどうかが決定されるのです。(三〇二-二九三、九九年六八月二十六日)

 外的な面から、今韓国においてIMF(通貨危機)となったのは、すべてお金を中心として反対して滅んだのです。大統領もみな滅びたでしょう? 財閥もみな滅びるのです。国も大騒ぎです。その反対に先生は、全世界の多くの家庭をすべて束ねて入ってきて、何をしますか? 訓読大会です。この本を中心として十回、百回以上やれば、誰もが統一教会の信徒になるなと言ってもなるのです。(二九一―七三、九八年三月五日)

 ほかのことはする必要もありません。先生が天を中心として、戦略的な勝利の記録をもって戦勝の役事をし、家庭が天の前に解放的な記録を築いたという戦勝の記録になるので、家庭もこの伝統に従わなければなりません。それゆえに、訓読会をしなければならないのです。(二九一-七三、九八年三月五日)

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