에스겔 38
[聖詩] 하나님이 사용하지 못할 도구는 없습니다 (에스겔 21:18~32)
갈랫길에 서서 점을 치는 이방 왕이로되
그 손에 든 화살도 주의 뜻을 가리키누나
우상에게 묻고 간을 살피는 미신의 손길도
하늘의 섭리 앞에 한낱 도구 되었도다
바벨론의 칼날이 예루살렘을 향하니
이는 사람의 점괘 아닌 하나님의 정하심이라
세상은 우연이라 하나 주께는 필연이요
어두운 미혹 속에도 의로운 심판 계시도다
높은 자 낮추시고 낮은 자 높이시며
엎드러뜨리고 또 엎드러뜨리시는 주의 권능
칼집에 꽂힌 칼도 빼어 쓰시고
세상 모든 것이 그 손 안의 연장이로다
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[聖詩] 神が用いることのできない道具はありません
分かれ道に立って占いをする異邦の王であるが
その手に持った矢も主の御心を指し示すもの
偶像に問い肝っ玉を見る迷信の手さえも
天の摂理の前にはただ道具となっちゃった
バビロンの剣がエルサレムに向かうのに
これは人の卜でなく神の定めである
世は偶然と言えど主には必然であり
暗き惑いの中にも正しき裁きの顕れである
高き者を低くし低き者を高くし
うつ伏せにし、さらにうつ伏せにする主の御力
鞘に刺さった剣をも抜いて用い
世の全てが御手の内のと道具である
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[聖詩] 神(かみ)が用(もち)いることのできない道具(どうぐ)はありません
分(わ)かれ道(みち)に立(た)って占(うらな)いをする異邦(いほう)の王(おう)であるが
その手(て)に持(も)った矢(や)も主(しゅ)の御心(みこころ)を指(さ)し示(しめ)すもの
偶像(ぐうぞう)に問(と)い肝(きも)っ玉(たま)を見(み)る迷信(めいしん)の手(て)さえも
天(てん)の摂理(せつり)の前(まえ)にはただ道具(どうぐ)となっちゃった
バビロンの剣(つるぎ)がエルサレムに向(む)かうのに
これは人(ひと)の卜(ぼく)でなく神(かみ)の定(さだ)めである
世(よ)は偶然(ぐうぜん)と言(い)えど主(しゅ)には必然(ひつぜん)であり
暗(くら)き惑(まど)いの中(なか)にも正(ただ)しき裁(さば)きの顕(あらわ)れである
高(たか)き者(もの)を低(ひく)くし低(ひく)き者(もの)を高(たか)くし
うつ伏(ぶ)せにし、さらにうつ伏せにする主(しゅ)の御力(みちから)
鞘(さや)に刺(さ)さった剣(つるぎ)をも抜(ぬ)いて用(もち)い
世(よ)の全(すべ)てが御手(みて)の内(うち)のと道具(どうぐ)である