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선교방

2026-06-15연중 제11주간 월요일<나는 너희에게 말한다. 악인에게 맞서지 마라.>

작성자박현주agnes|작성시간26.06.15|조회수56 목록 댓글 0

<나는 너희에게 말한다. 악인에게 맞서지 마라.>
✠ 하느님의 어린양 주 예수 그리스도 우리의 새 수훈

그때에 예수님께서 제자들에게 말씀하셨다.
38 “‘눈은 눈으로, 이는 이로.’ 하고 이르신 말씀을 너희는 들었다.
39 그러나 나는 너희에게 말한다. 악인에게 맞서지 마라.
오히려 누가 네 오른뺨을 치거든 다른 뺨마저 돌려 대어라.
40 또 너를 재판에 걸어 네 속옷을 가지려는 자에게는 겉옷까지 내주어라.
41 누가 너에게 천 걸음을 가자고 강요하거든, 그와 함께 이천 걸음을 가 주어라.
42 달라는 자에게 주고 꾸려는 자를 물리치지 마라.”
마태오 5,38-42
연중 제11주간 월요일

“눈은 눈으로, 이는 이로.” 동태 복수법으로 알려진 이 표현은 어찌 보면 가장 공정한 법으로 보입니다. 우리가 어떤 물건을 살 때 그와 똑같은 가치를 지닌 화폐나 물건으로 그것을 교환하는 것이 가장 공정한 것처럼 말입니다. “똑같이 되갚아 준다.”는 말이 섬뜩한 느낌을 주기는 하지만, 그래도 똑같이만 갚아 준다면 잘못된 것은 없는 듯합니다.

그러나 같은 방법으로 갚아 주는 것은 폭력을 재생산하는 기능을 가지고 있을 뿐, 그것이 정당하지도 않고, 평화로운 방법도 아님을 우리는 역사를 통해서 잘 알고 있습니다. 사람은 누구나 자신의 입장에서 생각하게 되고, 자신이 받은 상처는 크게 새기고, 자신이 입은 은혜는 쉽게 잊어버리기 때문입니다. 

상처를 낫게 하는 것은 똑같은 상처로 되갚는 것이 아니라, 조건 없이 용서하고 사랑하는 것입니다. 똑같은 것을 주고받아야만 공정한 계산이 되는 경제적, 법적 관념에서는 한없이 손해를 보는 것 같지만, 우리의 삶에서는 사랑은 사랑을 낳고, 복수는 복수대로 확대 재생산될 뿐입니다.

예수님께서는 늘 우리에게 새로운 상황에서 새로운 응답을 요구하십니다. 그리고 그 응답은 계산기를 가지고 머리로 하는 것이 아니라, 그분께서 주신 십자가를 바라보며, 그분께서 보여 주신 죄 없는 수난과 죽음의 모범에서 찾아야 합니다. (이정주 아우구스티노 신부님 매일미사 「오늘의 묵상」에서)   

**********
조명연 신부님 글 드립니다~~

「종이로 만든 집(‘좋은생각’ 중에서)」

1986년 도쿄, 전시회를 준비하던 건축가 반 시게루는 고민에 빠졌다. 주최측은 전시장을 나무로 꾸미길 원했지만 예산이 부족했다. 대안을 찾던 중 무언가 눈에 들어왔다. 설계도를 그리는 데 사용하는 기름종이였다. ‘종이로 나무를 대신하면 어떨까?’

화재와 습기에 취약한 종이는 애초에 건축 소재로 최악이었다. 시게루는 종이의 장점을 살린 종이 관에 주목했다. 종이 관은 마분지가 휴지 심처럼 말린 것으로, 재활용이 가능하고 가격이 저렴하며 길이와 크기, 두께를 쉽게 조절할 수 있었다. 가벼워서 운송비가 적게 들 뿐 아니라 무너져도 사람이 다칠 위험이 적었다. 

더구나 장기간 햇볕을 쬐면 내부 섬유질 구조가 변하면서 강도가 높아졌다. 약한 종이라도 두루마리 휴지처럼 여러 겹 말아 기둥을 만들면 같은 면적의 콘크리트 기둥이 받치는 무게의 80퍼센트를 견딜 수 있었다. 

시게루의 종이 집은 1995년 일본 고베 대지진 당시 피난민 거처가 됐다. 맥주 상자를 모래주머니로 채운 뒤 종이 관을 쌓아 올리자 단열, 내구성, 방수 등 모든 면에서 완벽했다. 2013년 뉴질랜드 크라이스트처치 대지진으로 무너진 대성당도 종이로 다시 세웠다. 

‘종이는 약하다’라는 고정 관념을 깬 시게루는 2014년 건축계 노벨상으로 불리는 프리츠커상을 수상했다. 

우리는 참 많은 고정 관념 속에서 살아갑니다. 그러나 그 고정 관념에서 벗어날 때, 더욱 더 넓은 세상의 모습을 만날 수 있습니다.
 
***<어느 경우든 처음부터 마지막까지, 사랑이란 돌보는 것이다. 상대를 돌보고 관계를 돌보며 또한 자신을 돌보는 것(미셸 퓌에슈).>
    

연중 제11주간 월요일

악인에게 맞서지 마라.
오히려 누가 네 오른뺨을 치거든
다른 뺨마저 돌려 대어라.
또 너를 재판에 걸어
네 속옷을 가지려는 자에게는
겉옷까지 내주어라.
(마태오 5,38-42)

悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、
左の頬をも向けなさい。
あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、
上着をも取らせなさい。
(マタイ5・38-42)

Offer no resistance to one who is evil.
When someone strikes you on your right cheek,
turn the other one to him as well.
If anyone wants to go to law with you over your tunic,
hand him your cloak as well.
(Mt 5:38-42)


年間第11月曜日

악인에게 맞서지 마라.
アインネゲ マッソジ マラ。
오히려 누가 네 오른뺨을 치거든
オヒリョ ヌガ ネ オルンピャムル チゴドン
다른 뺨마저 돌려 대어라.
ダルン ピャムマジョ ドルリョ デオラ。
또 너를 재판에 걸어
네 속옷을 가지려는 자에게는
겉옷까지 내주어라.
(마태오 5,38-42)

悪人に手向かってはならない。
아쿠닌니 테무캇테와 나라나이
だれかがあなたの右の頬を打つなら、
다레카가 아나타노 미기노 호오오 우츠나라
左の頬をも向けなさい。
히다리노 호오오모 무케나사이 
あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、
上着をも取らせなさい。
(マタイ5・38-42)

Offer no resistance to one who is evil.
When someone strikes you on your right cheek,
turn the other one to him as well.
If anyone wants to go to law with you over your tunic,
hand him your cloak as well.
(Mt 5:38-42)

Monday of the Eleventh Week in Ordinary Time
Matthew 5:38-42
Jesus said to his disciples:
"You have heard that it was said,
An eye for an eye and a tooth for a tooth.
But I say to you, offer no resistance to one who is evil.
When someone strikes you on your right cheek,
turn the other one to him as well.
If anyone wants to go to law with you over your tunic,
hand him your cloak as well.
Should anyone press you into service for one mile,
go with him for two miles.
Give to the one who asks of you,
and do not turn your back on one who wants to borrow."

2026-06-14「しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。」

+神をたたえよう。神は偉大、すべては神に造られた。
おはようございます。
今日は年間第11月曜日です。
御聖体の主・イエス・キリストと神の母聖マリア、聖母の配偶者聖ヨゼフ、諸聖人の大いなる祝福がありますように!
また、大天使とすべての天使、私たちの守護の天使が今日も皆さまを見守り平和でありますようお祈りします。
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マタイによる福音
<しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。>
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。5・38「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。39しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。40あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。41だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。42求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」(マタイ5・38-42)
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イジョンジュ神父様の毎日のミサ「今日の黙想」です。

「目には目を、歯には歯を」という言葉は、同害復讐法として知られています。一見すると、とても公平な法律のように思えます。物を買うとき、その価値に見合ったお金や品物と交換することが公平であるように、「受けた分だけ返す」という考え方です。確かに「やられたことをそのままやり返す」という言葉には恐ろしさがありますが、同じだけ返すのであれば正しいようにも感じられます。

しかし歴史は、同じ方法で仕返しをすることが暴力を繰り返し生み出すだけであり、決して正義や平和につながらないことを教えています。人は誰でも自分の立場から物事を見てしまい、自分が受けた傷は大きく覚えていても、自分が受けた恵みは忘れがちだからです。

傷を癒やすのは、同じ傷を返すことではありません。無条件に赦し、愛することです。損得を計算する経済や法律の考え方から見れば、大きな損をしているように思えるかもしれません。しかし人生においては、愛は愛を生み、復讐はさらに大きな復讐を生み出してしまいます。

イエス様はいつも、私たちに新しい状況の中で新しい応答を求めておられます。そしてその答えは、計算によって見いだされるものではありません。主が私たちに示してくださった十字架を見つめ、罪のないお方が苦しみと死を受け入れられた模範の中に見いだすべきものです。
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今日の福音を読み、傷つけられたときにも復讐ではなく赦しと愛を選ぶことができますように。イエス様の十字架を見つめながら歩むことができますように。聖霊、来てください。

 

 

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