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선교방

2026-06-22연중 제12주간 월요일<먼저 네 눈에서 들보를 빼내어라.>

작성자박현주agnes|작성시간26.06.22|조회수53 목록 댓글 0

<먼저 네 눈에서 들보를 빼내어라.>
✠하느님의 어린양 주 예수 그리스도 우리의 사랑의 정의

그때에 예수님께서 제자들에게 말씀하셨다.
1 “남을 심판하지 마라.
그래야 너희도 심판받지 않는다.
2 너희가 심판하는 그대로 너희도 심판받고,
너희가 되질하는 바로 그 되로 너희도 받을 것이다.
3 너는 어찌하여 형제의 눈 속에 있는 티는 보면서,
네 눈 속에 있는 들보는 깨닫지 못하느냐?
4 네 눈 속에는 들보가 있는데,
어떻게 형제에게 ‘가만, 네 눈에서 티를 빼내 주겠다.’ 하고 말할 수 있느냐?
5 위선자야, 먼저 네 눈에서 들보를 빼내어라.
그래야 네가 뚜렷이 보고 형제의 눈에서 티를 빼낼 수 있을 것이다.”
마태오 7,1-5
연중 제12주간 월요일

제가 머무는 명동의 숙소는 땅값이 무척 비싼 곳이라고 합니다. 가끔 동료 신부님들이나, 교우분들이 비싼 땅에서 지낸다고 농담을 하기도 합니다. 자세히는 모르지만 땅은 ‘대지, 전답, 임야’로 구분되는 것 같습니다. 집을 지을 수 있고, 빌딩을 지을 수 있는 대지가 가격이 높을 것입니다. 농사를 지을 수 있는 전답이 그 다음으로 가격이 높을 것입니다. 집을 짓거나, 농사를 지을 수 없는 임야는 상대적으로 가격이 낮을 것입니다. 명동은 대지이고, 교통이 편리하고, 사람이 많이 모이는 곳이고, 뒤에는 남산이 있고 앞에는 청계천이 흐르기 때문에 가격이 비싼 것 같습니다. 

성경에서도 가장 중요하게 여겨지는 것은 ‘땅’인 것 같습니다. 하느님께서는 아담과 하와가 머물 수 있는 ‘에덴동산’을 만들어 주셨습니다. 오늘 아브람에게도 새로운 땅을 주시겠다고 말씀하십니다. 이집트에서 살던 이스라엘 백성에게도 하느님께서는 ‘젖과 꿀이 흐르는 땅’을 주시겠다고 약속하십니다. 하느님께서는 땅을 약속하시만 더 중요한 것은 그 땅에서 드러나는 하느님의 영광입니다. 에덴동산에서도 하느님의 뜻을 어기면 살 수 없었습니다. 중요한 것은 땅이 아니라, 하느님의 뜻입니다. 땅은 본질적으로 사람의 것이 아니기 때문입니다. 우리는 모두 세상을 떠날 때, 땅을 가지고 갈 수 없습니다. 우리가 잠시 머무는 곳이라고 생각한다면, 땅 때문에 싸울 일도 없고, 땅 때문에 마음이 상할 일도 없을 것입니다. 하느님께서 주신 땅에서 하느님을 찬양하고, 이웃을 사랑한다면 우리는 그 땅에서 많은 결실을 맺을 수 있을 것입니다.

2006년부터 안경을 쓰고 있습니다. 외국에서 지낼 때입니다. 길가의 표시판이 잘 보이지 않았습니다. 영어이기 때문에 그런 줄 알았습니다. 나중에 알았습니다. 시력이 나빠졌기 때문이었습니다. 안경을 쓰고 길을 보니 표시판이 잘 보였습니다. 표시판에 문제가 있었던 것이 아니었습니다. 안경에 이물질이 묻어있으면 잘 보이지 않습니다. 안경을 잘 닦아주면 다시금 잘 보이기 마련입니다. 우리의 마음에도 이물질이 생기곤 합니다. ‘원망, 욕심, 시기, 질투, 교만, 불안, 걱정’의 이물질이 생기곤 합니다. 그러면 세상이 일그러져 보입니다. 나의 탓을 하기보다는 세상을 탓하고, 이웃을 탓하고, 부모를 탓하게 됩니다. 그러나 세상을 잘 변하지 않습니다. 이웃도 잘 변하지 않습니다. 부모를 바꿀 수도 없습니다.

마음이 바뀌면 세상이 새롭게 보입니다. 이웃의 허물도 이해하기 됩니다. 부모님께도 감사의 마음이 생겨납니다. 마음에 ‘희망, 사랑, 믿음, 겸손, 인내, 친절, 온유’가 자라나면 다초점 렌즈보다 더 선명하게 세상을 볼 수 있습니다. 양자역학이 이야기하는 것처럼 내가 사랑의 눈으로 세상을 보면 세상이 사랑으로 변화됩니다. 내가 믿음의 눈으로 이웃을 바라보면 이웃이 그렇게 믿음직해 보입니다. 내가 희망의 눈으로 바라보면 진흙 속에서 피는 연꽃이 보입니다. 고통 속에서 태어나는 아기가 보입니다. 예수님께서도 말씀하십니다. ‘먼저 당신 눈을 깨끗하게 하십시오.’ 

제가 소중하게 생각하는 것들이 2개 있습니다. 하나는 그동안 준비했던 강론들입니다. 일 년에 한권정도의 강론집이 생깁니다. 그 강론에는 저의 삶과 저의 생각들이 들어있습니다. 또 하나는 앨범입니다. 앨범에는 제가 신학생 때부터 찍었던 사진들이 있습니다. 가끔씩 앨범속의 사진들을 보면서 저의 지난날들을 떠올립니다. 강론집과 앨범은 저의 지난 시간들의 발자국입니다. 

바닷가 모래 위를 걸어가면 뒤에는 발자국이 남습니다. 우리의 인생길에 어떤 발자국을 남기면서 살아야 할까요? 겸손의 발자국, 성실의 발자국, 사랑의 발자국을 남기면서 살아야 하겠습니다.
(조재형 신부님 「오늘의 묵상」에서)
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조명연 신부님 글 드립니다~~

「용서는 사랑의 완성입니다(최천호)」

용서한다는 것은 무척 어려운 일입니다. 그러나 세상에서 가장 훌륭한 사랑은 용서하는 것이라 합니다.

나를 해롭게 하는 사람을 용서하는 것만큼 참된 사랑은 없다고 합니다. 그리고 용서는 사랑의 완성이라고 생각합니다.

사람들은 상대방으로부터 상처를 받았을 때 어떻게 보복할 것인가를 생각합니다. 하지만 보복은 보복을 낳는 법입니다. 확실히 상대방을 보복하는 방법은 그를 용서하는 겁니다.

한 사람을 완전히 이해한다는 것은 쉬운 일이 아닙니다. 그 사람을 완전히 이해하기 위해서는 그의 처지가 되어 살아 보아야 하고 그 사람의 마음 속 아니 꿈속에까지 들어가 봐야 할 겁니다.

우리는 늘 누군가에게 상처를 주고, 누군가로부터 상처를 받으며 살아갑니다. 설령 상처를 받았다 할지라도 상대방의 실수를 용서해주세요.

나도 남에게 상처를 줄 수 있으니까요. 

용서가 사랑의 완성이라는 사실을 잊지 않았으면 합니다. 그래야 주님과 더욱 더 가까이하면서 그 안에서 참 기쁨과 행복을 체험하게 될 것입니다.  

***<혼자서 고독하게 뭔가를 해내는 일은 멋지지만, 다른 사람과 시간을 보내는 일은 결국 우리를 위로할 것이다(김연수)>


연중 제12주간 월요일

너희가 심판하는 그대로 
너희도 심판받고, 
너희가 되질하는 바로 그 되로 
너희도 받을 것이다. 
(마태오 7,1-5)

 あなたがたは、
自分の裁く裁きで裁かれ、
自分の量る秤で量り与えられる。
(マタイ7・1-5)

For as you judge, 
so will you be judged,
and the measure with which you measure 
will be measured out to you.
(Mt 7:1-5)

年間第12月曜日

너희가 심판하는 그대로
 ノヒガ シンパンハヌン クデロ
너희도 심판받고, 
ノヒドシンパンバッコ
너희가 되질하는 바로 그 되로 
ノヒガ デジルハヌン バロ ク デロ
너희도 받을 것이다. 
ノヒド バドル コシダ。
(마태오 7,1-5)

 あなたがたは、
아나타가타와 
自分の裁く裁きで裁かれ、
지분노 사바쿠 사바키데 사바카레
自分の量る秤で量り与えられる。
지분노 하카루 하카리데 하카리 아타에라레루
(マタイ7・1-5)

For as you judge, 
so will you be judged,
and the measure with which you measure 
will be measured out to you.
(Mt 7:1-5)

Monday of the Twelfth Week in Ordinary Time
Matthew 7:1-5
Jesus said to his disciples:
“Stop judging, that you may not be judged.
For as you judge, so will you be judged,
and the measure with which you measure will be measured out to you.
Why do you notice the splinter in your brother’s eye,
but do not perceive the wooden beam in your own eye?
How can you say to your brother,
‘Let me remove that splinter from your eye,’
while the wooden beam is in your eye?
You hypocrite, remove the wooden beam from your eye first;
then you will see clearly
to remove the splinter from your brother’s eye.”
quick

2026-06-22「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。」

+神をたたえよう。神は偉大、すべては神に造られた。
おはようございます。
今日は年間第12月曜日です。
御心の主・イエス・キリストと御心の聖母マリア、聖母の配偶者聖ヨゼフ、諸聖人の大いなる祝福がありますように!
また、大天使とすべての天使、私たちの守護の天使が今日も皆さまを見守り平和でありますようお祈りします。

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マタイによる福音
<偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。>
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。7・1「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。2あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。3あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。4兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。5偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」(マタイ7・1-5)
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チョゼヒョン神父様の「今日の黙想」です。

私が滞在している明洞の宿舎は、とても地価の高い場所にあると言われています。時々、仲間の神父たちや信者さんたちから、「高い土地に住んでいますね」と冗談を言われることもあります。詳しくは分かりませんが、土地は「宅地、田畑、山林」に区分されるようです。家やビルを建てることのできる宅地が最も価値が高く、農業のできる田畑がその次でしょう。家も建てられず、農業にも適さない山林は比較的価格が低いと思われます。明洞は宅地であり、交通の便が良く、多くの人が集まり、後ろには南山があり、前には清渓川が流れているため、地価が高いのでしょう。

聖書においても、最も重要なものの一つは「土地」であるように思われます。神様はアダムとエバが暮らすことのできる「エデンの園」を造られました。今日、アブラムにも新しい土地を与えると約束されます。また、エジプトで暮らしていたイスラエルの民にも、「乳と蜜の流れる土地」を与えると約束されました。しかし、神様が約束されるのは土地だけではありません。その土地において現される神様の栄光こそが、さらに大切なものです。エデンの園であっても、神様のみ旨に背けば住み続けることはできませんでした。大切なのは土地ではなく、神様のみ旨です。なぜなら、土地は本来、人間のものではないからです。私たちは皆、この世を去るときに土地を持って行くことはできません。私たちはこの世にしばらく滞在しているだけだと思えば、土地のことで争うこともなく、土地のことで心を痛めることもないでしょう。神様から与えられた土地で神様を賛美し、隣人を愛するなら、その土地で豊かな実りを結ぶことができるでしょう。

私は2006年から眼鏡をかけています。外国で暮らしていた頃のことです。道路の標識がよく見えませんでした。英語で書かれているからだと思っていました。しかし後になって分かったのは、視力が低下していたということでした。眼鏡をかけて見ると、標識ははっきり見えました。問題があったのは標識ではなかったのです。また、眼鏡に汚れが付いているとよく見えませんが、きれいに拭けば再びはっきり見えるようになります。

私たちの心にも汚れが付くことがあります。「恨み、欲、ねたみ、嫉妬、高慢、不安、心配」といった汚れです。そのような汚れが付くと、世界が歪んで見えてしまいます。自分の責任を見つめるよりも、世の中を責め、隣人を責め、両親を責めるようになります。しかし、世の中は簡単には変わりません。隣人もなかなか変わりませんし、両親を変えることもできません。

心が変われば、世界は新しく見えてきます。隣人の欠点も理解できるようになり、両親に対しても感謝の心が生まれます。心の中に「希望、愛、信仰、謙遜、忍耐、親切、柔和」が育つなら、多焦点レンズよりもはるかに鮮明に世界を見ることができるでしょう。量子力学が語るように、私が愛の眼差しで世界を見るなら、世界は愛に満ちたものへと変わっていきます。私が信仰の眼差しで隣人を見るなら、その人は信頼できる存在として映ります。私が希望の眼差しで見るなら、泥の中に咲く蓮の花が見えます。苦しみの中から生まれてくる赤ちゃんが見えます。イエス様も言われました。

「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」(マタイ7・5)

私が大切にしているものが二つあります。一つは、これまで準備してきた説教原稿です。一年に一冊ほどの説教集になります。その説教には、私の人生と私の考えが込められています。もう一つはアルバムです。アルバムには、神学生の頃から撮り続けてきた写真が収められています。時折その写真を眺めながら、自分の歩んできた日々を思い起こします。説教集とアルバムは、私が歩んできた時間の足跡なのです。

海辺の砂浜を歩けば、後ろには足跡が残ります。私たちは人生の道に、どのような足跡を残していくべきでしょうか。謙遜の足跡、誠実の足跡、そして愛の足跡を残しながら生きていきたいものです。
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今日の福音を読み、まず自分の心を清めるとき、隣人も世界も新しい光の中で見ることができます。謙遜と愛の足跡を残しながら、イエス様とともに歩んでいけますように。聖霊、来てください。




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