CAFE

선교방

2026-06-22연중 제12주간 화요일<남이 너희에게 해 주기를 바라는 그대로 남에게 해 주어라.>

작성자박현주agnes|작성시간26.06.23|조회수54 목록 댓글 0

<남이 너희에게 해 주기를 바라는 그대로 남에게 해 주어라.>
✠하느님의 어린양 주 예수 그리스도 우리의 황금율

그때에 예수님께서 제자들에게 말씀하셨다.
6 “거룩한 것을 개들에게 주지 말고, 너희의 진주를 돼지들 앞에 던지지 마라.
그것들이 발로 그것을 짓밟고 돌아서서 너희를 물어뜯을지도 모른다.
12 남이 너희에게 해 주기를 바라는 그대로 너희도 남에게 해 주어라.
이것이 율법과 예언서의 정신이다.
13 너희는 좁은 문으로 들어가라.
멸망으로 이끄는 문은 넓고 길도 널찍하여 그리로 들어가는 자들이 많다.
14 생명으로 이끄는 문은 얼마나 좁고 또 그 길은 얼마나 비좁은지,
그리로 찾아드는 이들이 적다.”
마태오 7,6.12-14
연중 제12주간 화요일

사람은 살아가면서 기대와 바람을 가지고 있습니다. 부모가 자녀에게 바라는 바가 있고, 자식이 부모에게 바라는 바가 있습니다. 부부간에는 물론 이웃간에도 친구에게도 기대하는 바가 있습니다. 그런데 그 기대와 바람에 만족하고 기쁨을 갖는다는 것은 쉽지 않습니다. 기대에 못 미친다고 느낄 때가 훨씬 많습니다. 내가 이만큼 했으면 너는 이 정도는 따라주어야 하는 것이 아니냐고 생각합니다. 지극히 주관적으로, 자기는 잘하고 있는데 상대는 그에 못 미친다고 생각하기일쑤입니다.

그러나 예수님께서는 “남이 너희에게 해주기를 바라는 그대로 너희도 남에게 해 주어라”고 말씀하셨습니다. 내가 대접 받기를 원한다면 남을 똑같이 대접해 주어야 합니다. 사실 내가 받는 고통이나 기쁨은 내가 남에게 어떻게 해줘야 할 것인지를 가르쳐주고 있는 것입니다. 그러나 이것은 어느 한정된 사람을 뛰어 넘어야 합니다. 예수님께서는 당신을 십자가에 못 박는 원수까지도 사랑하는 모습을 보여줌으로써 그 한정된 테두리를 극복 하도록 촉구하십니다.“너희가 자기를 사랑하는 이들만 사랑한다면 무슨 인정을 받겠느냐? 죄인들도 자기를 사랑하는 이들은 사랑한다"(루가6,32).

오래 전입니다. 교우가 운전하는 승용차를 탈 기회가 있었습니다. 신부를 옆자리에 태운 것이 긴장되었는지 후진을 하다가 그만 다른 차를 들이 받았습니다. 얼른 내려서 잘못을 얘기하려고 하는데 그 운전사는 차량 상태를 확인도 하지 않고 그냥 가라고 했습니다. 별 이상은 없다고 하더라도 차량상태를 확인할 법도 한데 말입니다. 아마 확인을 했으면 마음이 달라질 수도 있었을 것입니다. 저는 그 이후로 ‘은혜를 입었으니 같은 처지가 되면 그런 넉넉한 마음을 표현해야 하겠다.’는 마음으로 지냈습니다.

예수님께서 “너희는 좁은 문으로 들어가라”고 하시는 이유가 무엇이겠습니까? 많은 사람들이 당연하다고 생각하는 것과는 다른 삶을 살아야 생명을 얻을 수 있기 때문입니다. 세속의 온갖 유혹을 거슬러 살려면 문이 좁고 길이 험할 수밖에 없습니다. 그러나 그것이 그리스도인에게 주어지는 소명입니다. 밑지고 손해 보는 것 같지만 옳은 길과 옳은 문을 찾는 수고는 마땅히 해야 할 일입니다. 나의 기대와 바람만큼 걸 맞는 수고와 땀을 소홀히 하지 않는 오늘이기를 희망합니다. 아무리 아름답고 좋은 길이라 해도 그 길이 목적지와 연결되어 있지 않다면 서둘러 그 방향을 바꿔야 할 것입니다. 험하고 힘든 고된 길이라 하더라도 그 길이 천상과 연결되어 있다면 군소리 없이 걸어야 하겠습니다. 신앙인의 삶은 매 순간이 세상을 감당하는 도전입니다. "미룰 수 없는 사랑을 희망하며" 사랑합니다. 
(반영억신부님 「바라는 그대로 해주어라 」에서)
*********
조명연 신부님 글 드립니다~~

「성공적인 대화를 위한 6가지 원칙」

세계적인 커뮤니케이션 전문가였던 데일 카네기는 성공적인 대화를 위한 원칙을 6가지로 정리합니다. 각 원칙의 이니셜을 따 'LADDER(사다리) 공식'이라고 부르는데, 타인과 대화를 할 때 매우 유용합니다.

L 상대방을 바라본다. (Look at the other person)

A 질문한다. (Ask questions)

D 중단시키지 않는다. (Don’t interrupt)

D 주제를 바꾸지 않는다. (Don’t change the subject)

E 감정을 조절해서 표현한다. (Express emotion with control)

R 적절하게 반응한다. (Respond appropriately)

대화 원칙이라 하는데 솔직히 너무 간단하게 보이지 않습니까? 그러나 이 가장 기본적인 것도 하지 못하기 때문에 우리는 성공적인 대화를 이루지 못하고 있습니다. 상대방의 눈을 바라보지 않고 말하고 들었던 경우가 얼마나 많습니까? 또한 자기 이야기 하는 데에만 집중하고 있기 때문에, 질문하지도 않고 또 상대방의 말을 중단시키기도 합니다. 가까운 사람과도 사무적으로 이야기하면서 거리감을 느끼게 만듭니다. 

이 대화 원칙을 기억하면서 대화를 이끌어보시길 바랍니다. 분명히 대화가 한층 즐겁고 사랑의 감정을 느끼게 될 것입니다.

***<인생에서는 뜻하지 않은 일이 결정적인 계기가 되기도 한다. 그러나 돌이켜 보면 그 모든 것 또한 나를 위해 준비되어 있었던 것인지도 모른다(존 고든).>

연중 제12주간 화요일

남이 너희에게 해 주기를 바라는 그대로 
너희도 남에게 해 주어라.
너희는 좁은 문으로 들어가라
(마태오 7,6.12-14)

人にしてもらいたいと思うことは何でも、
あなたがたも人にしなさい。
 狭い門から入りなさい。
(マタイ7・6、12-14)

Do to others whatever you would have them do to you.
Enter through the narrow gate
(Mt 7:6, 12-14)

年間第12火曜日 

남이 너희에게 해 주기를 바라는 그대로 
ナミ ノヒエゲ ヘ ジュギル バラヌン クデロ
너희도 남에게 해 주어라.
ノヒド ナメゲ ヘ ジュオラ。
너희는 좁은 문으로 들어가라
ノヒヌン チョブン ムヌロ ドロガラ
(마태오 7,6.12-14)

人にしてもらいたいと思うことは何でも、
히토니 시테모라이타이토 오모우 코토와 난데모
あなたがたも人にしなさい。
아나타가타모 히토니 시나사이 
 狭い門から入りなさい。
세마이 몬카라 하이리나사이
(マタイ7・6、12-14)

Do to others whatever you would have them do to you.
Enter through the narrow gate
(Mt 7:6, 12-14)

Tuesday of the Twelfth Week in Ordinary Time
Matthew 7:6, 12-14
Jesus said to his disciples:
“Do not give what is holy to dogs, or throw your pearls before swine,
lest they trample them underfoot, and turn and tear you to pieces.“Do to others whatever you would have them do to you.
This is the Law and the Prophets.“Enter through the narrow gate;
for the gate is wide and the road broad that leads to destruction,
and those who enter through it are many.
How narrow the gate and constricted the road that leads to life.
And those who find it are few.”


2026-06-23「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」

+神をたたえよう。神は偉大、すべては神に造られた。
おはようございます。
今日は年間第12火曜日です。
御心の主・イエス・キリストと御心の聖母マリア、聖母の配偶者聖ヨゼフ、諸聖人の大いなる祝福がありますように!
また、大天使とすべての天使、私たちの守護の天使が今日も皆さまを見守り平和でありますようお祈りします。
***********
マタイによる福音
<人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。>
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。6・6「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。

12人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。

13狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。14しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」(マタイ7・6、12-14)
********
バンヨンオク神父様の「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」です。

人は生きていく中で、さまざまな期待や願いを抱いています。親は子どもに期待し、子どもは親に期待します。夫婦の間でも、隣人との間でも、友人に対しても、それぞれ期待することがあります。しかし、その期待や願いが満たされ、満足や喜びを得ることは決して簡単なことではありません。むしろ、「期待に届いていない」と感じることの方が多いのではないでしょうか。「自分はこれだけしたのだから、相手もこれくらいは応えてくれるべきだ」と考えてしまいます。そして多くの場合、極めて主観的に、自分はよくやっているのに相手はそれに及ばないと思いがちです。

しかし、イエス様は「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」と言われました。自分が大切に扱われたいと願うなら、自分も同じように人を大切に扱わなければなりません。実際、私たちが受ける苦しみや喜びは、自分が他者にどのように接するべきかを教えてくれているのです。

しかし、この教えは限られた人々だけに向けられたものではありません。イエス様は、ご自身を十字架につける敵さえも愛される姿を示されることで、その狭い枠を超えるよう私たちを招いておられます。

「あなたがたが自分を愛してくれる人を愛したとしても、何の恵みがあろうか。罪人でも、自分を愛してくれる人は愛している。」(ルカ6・32)

ずいぶん昔のことです。ある信者さんが運転する乗用車に乗せていただく機会がありました。神父様を助手席に乗せたことで緊張していたのでしょうか、バックしているときに他の車にぶつかってしまいました。私はすぐに車を降りて謝ろうとしましたが、相手の運転手は車の状態を確認することもなく、「大丈夫ですから、そのまま行ってください」と言いました。

たとえ大きな損傷がなかったとしても、普通なら車の状態を確認するものです。しかし、その方はそうしませんでした。もし確認していたなら、気持ちが変わっていたかもしれません。私はその出来事以来、「このような寛大な心を受けたのだから、自分も同じ立場になったときには、その寛容さを示そう」と心に決めました。

イエス様が「狭い門から入りなさい」と言われるのはなぜでしょうか。それは、多くの人が当然だと思っている生き方とは異なる道を歩まなければ、命に至ることができないからです。世のあらゆる誘惑に逆らって生きようとすれば、その門は狭く、道は険しくならざるを得ません。しかし、それこそがキリスト者に与えられた召命です。

損をしているように見え、報われないように感じることがあっても、正しい道と正しい門を見いだすための努力は、私たちが当然払うべきものです。自分の期待や願いにふさわしい努力と汗を惜しまない一日でありたいものです。

どれほど美しく歩きやすい道であっても、その道が目的地につながっていないなら、速やかに方向を変えなければなりません。反対に、険しく苦しい道であっても、その道が天の国へと続いているのであれば、文句を言わず歩み続けるべきでしょう。

信仰者の人生は、一瞬一瞬がこの世を乗り越えていく挑戦です。「先延ばしにできない愛」を希望しながら歩んでまいりましょう。愛しています。
*******
今日の福音を読み、自分がしてほしいと願うことを、まず隣人に行うことができますように。狭い道であっても、イエス様とともに愛の道を歩み続けることができますように。聖霊、来てください。

다음검색
현재 게시글 추가 기능 열기

댓글

댓글 리스트
맨위로

카페 검색

카페 검색어 입력폼