<2>聖霊の賜物に対して詳しく知りましょう.<要約> <コリント第一12:7-11>2026.6.14.<主日>大阪愛する教会、金好日牧師。 神様から
작성자v교포사랑v작성시간26.06.13조회수10 목록 댓글 2<2>聖霊の賜物に対して詳しく知りましょう.<要約>
<コリント第一12:7-11>2026.6.14.<主日>大阪愛する教会、金好日牧師。
神様から賜物を賜った目的は、聖徒たちを奉仕(ほうし)させ、キリストの体である教会を造り上げ、他(ほか)の人々を助けなさいという事なのです。即ち多くの人たちを伝道しなさいという事なのです。賜物には。1>知恵の言葉の賜物は、神様の御心とご計画を知らせ、未来に起こる事を知らせて災(わざわ)いを防いて苦難を耐え忍ばせるのです。2>知識の言葉の賜物は、個人個人の過去と現在を知らせるのです。
3>信仰は、自分に与えられた小さな信仰を使って経験(けいけん)する際、信仰がますます大きくなるため自分の信仰を使えねばなりません。
4>病気を癒す力があるのです。治癒はイエス様の御名の力を信じ宣布(せんぷ)したり、また賜物を得られ癒される事もあり、また聖書の御言葉を信じ信頼して宣布する際癒されたりもするのです。
5>霊の見分ける賜物は、人を見分ける賜物なのです。この地には二つ、神様に属(ぞく)する霊と、悪魔に属する霊が存在するのです。また私たちの内には三つ、聖霊の霊と、悪魔の霊と、人の考えが影響を与えるのです。また私たちの耳に聞こえる声も三つ、聖霊の声と、邪悪(じゃあく)な霊の声と、自分の考え、即ち魂の声が入るのです。
この中で聖霊の声だけが必要なのです。ですから、私たちは霊の見分ける賜物を賜って、これは私の考えであり、これは悪(あく)魔(ま)の声であり、これは聖霊の声であると見分ける事が大事なのです。悪魔の声を聞いて自分自身もつまづいて、それを人々に伝えれば他の人もつまずかせてはいけないのです。人は一つの器(うつわ)なのです。聖霊を留まらせていれば、聖霊が働かれ、邪悪な霊を留まらせると、悪霊が動くのです。自分の考えが強すぎる人は自分の考えを強調したりするのです。大事なのは実なのです。実とは信仰生活なのです。実の中で最も大事なのは愛なのです。愛の実を見てその人を見分けねばなりません。愛もみな同じ愛ではないのです。1>Eros-男女の間の異性(いせい)との愛です。2>Storuge-親子の間の愛、血縁(けつえん)関係(かんけい)の愛です。3>Pilria-友人との愛、
4>Pirandropia-貧しい者、苦しむ者を助ける事、5>Agape-神様の愛、即ち犠牲的な愛などがあります。その中で聖霊の実はアガぺの愛なのです。事実、血縁関係もしくは友人との愛だけが現われても、愛が豊かな者に見えるのです。しかし、犠牲的な愛のみが私たちを祝福の器になるようにするのです。また、謙遜にならねばなりません。愛があっても謙遜でなければ悪魔の誘惑に勝てず悪魔の僕になるのです。6>奇跡を行なう賜物があるのです。事実、奇跡を行う賜物も大事なのだが、イエス様の御名の力を信じ命じて宣布すれば奇跡を経験するようになるのです。7>預言の賜物は、使徒パウロは特に預言をしなさいと強調したのです。預言を無視(むし)してはいけません。この世の終わりの際には、男女の僕たちに聖霊を注いで下さるため、多くの人たちが夢を見たり、幻を見たり預言、即ち将来の事を語るようになるのです。今日の預言は、聖徒たちを愛を持って勧め、慰め、教会を造り上げる預言をしなければなりません。預言は部分的なものなので、多数の人に預言を聞いてパズルを合わせるように合わせると、全体の絵の意味が分かるのです。また、預言は語る者と聞く者の霊的な状態によって人の考えが入れるため、見分けて受け入れなければなりません。
心に共感(きょうかん)ができる事や聖書的な事のみ受け入れなければなりません。預言する者は謙遜と限りなく戦わなければならないのです。預言する者は愛の実を結ぶ事を切に願わなければなりません。愛がなければ全てが無駄になるからなのです。また、預言が流されないように書き記して置いて、それを覚えながら祈らねばならないのです。
<コリント第一13:3>全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。