こんにちは。巫女ライターの紺野うみです。
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」
これは、かの松尾芭蕉と親交の深かったという、江戸時代に活躍した俳人・山口素堂(そどう)の俳句です。
その冒頭「目には青葉」の一節を耳にしたとたんに、するするっと「山ほととぎす……」と続けたくなる方も多いのではないでしょうか。
なんとも不思議な引力を持った、この一句。
「目には青々とした葉が美しく生い茂り、耳には山から聞こえてくるほととぎすの鳴き声が心地よく、口(舌)には初鰹が美味しくいただける素晴らしい季節だ」――山口素堂が伝えたかったのは、こんな気持ちでしょうか。
思わず「うんうん、初夏っていいよね」と、大きく頷きたくなる気がします。
俳句には、必ず季節を象徴する言葉である「季語」を入れることが決まりとなっていますが、それは原則ひとつだけとされています。
ところが、この句は「青葉」も「ほととぎす」も「初鰹」もすべて同じ夏の季語であり、俳句の世界ではタブーとされている「季重なり」という季語を複数用いる手法が使われています。
しかし、この句は初夏の爽やかな魅力と楽しみを、ほとんど物の名前を書き連ねているだけでさっぱりと気持ちよく伝えているところが心地よく、多くの人に愛されてきました。
それだけでなく、頭の「目には青葉」という部分は六文字。
俳句の基本となる、心地よいリズムを生み出す文字数「五・七・五」の原則からも外れる「字余り」というイレギュラーな技も相まって、斬新な一句に仕上がっています。
でも、なぜ山口素堂はこの句の出だしを「目に青葉」の五文字にしなかったのでしょうか……。
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