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제목 : [강좌-日語]불국사 [펌]

작성자感天|작성시간03.05.03|조회수19 목록 댓글 1
제목 : [강좌-日語]불국사
글쓴이 : 관광인력지원센터
작성일 : 2002/04/16/13:44

E-mail : edu@tourguide.or.kr
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조회수:804











仏国寺 1. 概観 仏国寺は韓国の仏教寺院を代表する寺で、 最近はその価値が認められてユネスコによって世界文化遺産に指定されました。 また仏国寺は石窟庵とともに新羅仏教史の研究で最も重要なお寺であり、 四天王寺(慶州 南山所在)、 感恩寺(慶州市甘浦所在)とともに統一新羅時代の双塔(二つの塔)の伽藍を代表する寺として注目されてきました。 特に境内の多宝塔、 釈迦塔と壮大な石の台は石造建築史において非常に高く評価されております。 しかし仏国寺は壬辰の乱(文禄・慶長の役)で焼かれ、 その後復旧の努力を続けたにもかかわらず創建当時(景徳王の時代)の姿を取り戻すことはできませんでした。 17~18世紀200年あまりにわたる再建の努力によって大雄殿と極楽殿一郭は復元されましたが、(大雄殿は1765年、 極楽殿は1800年、 紫霞門は1781年作、 その他現存する木造の建物はすべて1970年代に復元された新しい建物である)朝鮮末期になって政府が要求する強制雑役のため滞り、 植民地時代にはさらにひどい状態に陥りました。 1924年~1925年にかけての日本の修理工事は本来の姿の復元を目指したものではなく、 展示観光行政の一環としてなされたものであったので、 1960年代末から1970年代始めにかけて韓国政府が行った発掘調査と復元工事にとっても大きな障害になってしまいました。 1966年には釈迦塔の盗掘未遂事件が起こり釈迦塔を解体復元することになり、 それから3年後には短期間の発掘を経て1970年代始めに今までにない復元工事がなされました。 今日発掘上の問題点と復元上の改善策が論じられているのは確かですが、 発掘や復元のための具体的な計画は政府でもお寺の側でもまだ準備されていないようです。 2. 仏国寺鑑賞のキーポイント 世間では1970年代始めに行われた復元工事がまともに行われなかったという批判があります。 行閣(あるいは画廊)の屋根を高くすることによって紫霞門の軒下を傷つけたこと、 鐘閣を壊してしまい作り直しを余儀なくされたこと、 また行閣に外壁を作って中庭を閉鎖したこと、 極楽殿の前の台の一番左側にあった経楼を復元しなかったことなどが失敗として指摘されています。 しかし肯定的側面から見ますと仏国寺鑑賞のポイントは何と言っても仏殿の前庭に並んで建っている二つの塔でしょう。 二つの塔を仏殿の前に配置したのは慶州四天王寺(679年建立)で始めて見られた形式で寺院デザインの歴史に新しい変化を予告したものでございます。 四天王寺に続いて立てられた望徳寺、 感恩寺(681年建立)などをはじめとして今はその名を失った多くのお寺の蹟にも二つの塔が立てられる場合が多くありました。 しかしこれらの塔にはお互いを区別する名前が伝えられておりません。 ただ仏国寺の場合だけ‘釈迦'と'多宝'という名前がつけられたのでございます。 釈迦塔は文字通りお釈迦さまの舎利(遺骨)が奉安されている所です。 それなら多宝塔には多宝仏の舎利(遺骨)が収められていなければなりませんが、歴史上実存したことのない多宝如来の舎利があるはずはございません。 多宝塔の由来は法華経の宝塔品にある話をそのまま建築として表現したものとして説明することができます。 法華経によりますと多宝如来は釈迦如来の前の仏様でございますが、 多宝如来が常に「私が死んだ後に誰か法華経を説く者がいたなら私は塔の姿で地から現れ『ほんとうにすばらしいことだ』と誉め称え尊敬するだろう。」とおっしゃったそうです。 後日釈迦如来が法華経の真理を説くやその場にそびえ立った塔がまさしく多宝塔だという話です。 このような理由で仏国寺には多宝如来と釈迦如来が並んで建っており、お釈迦様の説法を証明する形で多宝塔と釈迦塔が並ぶようになったということです。 次に二つの塔の形を比較して見ますと、 多宝塔は複雑華やかで、 釈迦塔は単純質素だと表現することができます。 釈迦塔の周りの地面には四角形の枠の中に八つの蓮の花が配置されており、 その中にまたつんつんと出ている岩が塔の周辺を囲んでおります。 岩山の上にそびえた塔全体を八つの蓮の花が支えている姿でございます。 一方多宝塔は四方の出入り口ごとに階段を設置してすばらしい石の柱を建てて堂々とした昇り口を備えております。 1階にはライオン4頭が変わった形の五つの石の柱の外で咆哮しております。 そのうえに1階の屋根がのせてあるのですが、 屋根の上には八角形を基本図形として製作された複雑な像がまるで木を削って作ったように精巧に彫刻されていて建築物なのか工芸品なのか区別しがたいくらいです。 よく見るとその複雑さは花を表現したものだとわかります。 ライオンが守っている仏様の家の屋根の上に花の雨が降りおりた形に見えます。 庭にある二つの塔は仏国寺を創建する時アサダル(百済人として伝えられているが百済の昔の領土だった所の出身として解釈するのが正しい)がすべて作ったと伝えられております。 はじめから完璧に異質な二つの形をすばらしく調和させたこの建築家の実力は他の追随を許さず、 韓国の建築史においてこのような傑作は二度と作られませんでした。 ただ釈迦塔をまねた塔はこの後石塔の歴史において主流になりましたが、 多宝塔は芸術史の舞台から消えてしまいました。 --------------------------------------------------------------------------------原文: 李康根(慶州大学校 教授) 翻訳: 文宝英(ソウル保健大学 観光日語通訳科 教授) 監修: 石田滋子(ソウル保健大学 観光日語通訳科 教授)

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  • 작성자Best guide | 작성시간 03.08.07 자료출처: 관광인력지원센터
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