ノーベル賞受賞者らが語る良い研究への道 「嫌い」もチャンスに
毎日新聞2026/6/20 10:45(最終更新 6/20 10:45)有料記事2882文字
京都大高等研究院創立10周年記念のパネル討論で今後の10年について語り合う(右から)斎藤通紀教授、北川進特別教授、湊長博学長、森重文院長、野田進特別教授、平岡裕章教授=京都市左京区で2026年6月13日午後4時44分、太田裕之撮影
ノーベル賞の2人と、数学分野のノーベル賞とされるフィールズ賞の1人をはじめとする世界トップクラスの研究者7人が語る――。京都大(京都市左京区)で13日、高等研究院創立10周年記念の式典・講演会が開かれた。学生・大学院生や高校生を含めて約1000人が参加。これまでの歩み・成果を共有し、今後の展望を話し合った。
京大高等研究院(KUIAS)は2016年4月、世界最先端の研究のハブ組織として創設された。部局や領域、分野の枠を超えて研究者が集まり、自由で挑戦的な研究に専念できる場を構想。世界的に優れた研究者を65歳定年後も特定教授として雇用し、学内で研究に専念してもらう狙いもある特区的な位置づけだ。
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京都大高等研究院創立10周年記念で講演する北川進特別教授(壇上左端)=京都市左京区で2026年6月13日午後1時48分、太田裕之撮影
高等研究センターのみでのスタートだったが、文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択されて07年に設置されていた「物質―細胞統合システム拠点(iCeMS、アイセムス)」が17年に参画。18年には二つ目のWPI拠点として「ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi、アシュビィ)」が加わった。他にも理化学研究所などとの連携研究拠点を複数設け、海外にもオンサイトラボラトリー(現地運営型研究室)がある。
18年に本庶佑特別教授がノーベル生理学・医学賞、25年には柏原正樹特定教授が数学分野で最高峰のアーベル賞、北川進特別教授がノーベル化学賞をそれぞれ受賞。26年4月には北川氏がノーベル賞を受賞した金属有機構造体(MOF)を基盤に、材料の界面(二つ以上の均一な相が接触する領域)の設計をAI技術で革新し、次世代エネルギー材料開発の加速を目指す「AI for Materials国際連携研究拠点」も開設された。
森重文氏「未来を切り拓く」
京都大高等研究院創立10周年記念で登壇する森重文院長(特別教授)=京都市左京区で2026年6月13日午後1時51分、太田裕之撮影
記念式典ではKUIAS院長で1990年にフィールズ賞を受賞した森重文氏が「この10年、私たちは学問のフロンティアを切り拓(ひら)く歩みを進めてきた。次の10年、そしてその先に向け、京大の自由で独創的な学風を継承し、学術の未来を切り拓く拠点として邁進(まいしん)する」とあいさつした。
湊長博学長は「未踏の研究領域に果敢に挑戦し、学際的な視点から新たな知を創出していくことは大学の使命。国際卓越研究大学を目指す京大で、未来の学術を先導するセンターとしての大きな発展を強く期待している」と祝辞を述べた。
13~22年度にiCeMS拠点長を務め、現在は京大研究推進担当理事・副学長でもある北川氏は「若手研究者が純粋な好奇心と情熱を持って未知の領域に挑み続ける拠点であるよう環境整備に尽力する」と話した。
斎藤氏「ヒトをヒトたらしめる基本を解明したい」
京都大高等研究院創立10周年記念で講演するヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)拠点長の斎藤通紀教授=京都市左京区で2026年6月13日午後3時48分、太田裕之撮影
式典の後、北川氏、森氏、本庶氏、KUIAS副院長の野田進氏の特別教授4人と、招聘(しょうへい)特別教授の金出武雄氏、iCeMS拠点長の上杉志成氏とASHBi拠点長の斎藤通紀(みちのり)氏の教授2人が記念講演した。
「空にして満つ『無用の用』の化学」と題した北川氏はMOFについて説明した上で、画期的なブレークスルーの前には見えにくく評価されにくい先行的・独創的な「伏流水」の期間があり、その間も適切な評価と基盤的支援が重要だと強調。自らも20年以上続いたと振り返った。
京都大高等研究院創立10周年記念で録画出演で語る本庶佑特別教授=京都市左京区で2026年6月13日午後2時14分、太田裕之撮影
森氏は「数学研究の楽しさと数学の美しさ」と題し、三平方の定理やパスカルの三角形で解説。「芸術は見えるものを再現するのではなく、見えないものを見えるようにすると言われる。数学も同様で、本質を可視化する力を持っている」と結んだ。本庶氏は録画出演で「がん免役療法」について話した。
「フォトニック結晶」の研究・開発と、それを用いた半導体レーザーの発明・実現でノーベル物理学賞候補とされる野田氏の演題は「超スマート社会実現に向けて フォトニック結晶レーザー」。障害物検知など車の自動運転に不可欠なセンサーの一種「ライダー」(光測距システム)などの成果を紹介し、「物づくり、宇宙通信を含め、いろいろ展開していきたい」と語った。
京都大高等研究院創立10周年記念で講演する金出武雄招聘特別教授=京都市左京区で2026年6月13日午後3時5分、太田裕之撮影
米カーネギーメロン大で創始者記念全学教授の金出氏は「社会にインパクトのある工学研究 米国の大学での経験から」と題し、顔認識や車の自動運転などの先駆的な成果を紹介。「良い研究」の要点は世の中にポジティブな差を生むこと、つまり役に立つことだとして、「差を作る問題はいっぱいあり、解かれるのを待っている」と呼びかけた。
上杉氏の演題は「物質科学と細胞生物学の革新的融合」。化学物質が集まって組織化する「自己集合」を生かして、タンパク質変成疾患や近視の治療研究を進めていることを紹介した。斎藤氏は「精子と卵子を創(つく)る科学 生命継承機構の探求」と題し、「ヒトとは何かを研究するためにASHBiを立ち上げた。数学、生命科学、人文社会科学を融合し、ヒトをヒトたらしめる基本を解明したい」と語った。
次の10年「新たな学術領域を切り拓いていく」
京都大高等研究院創立10周年記念で講演する物質-細胞統合システム拠点(iCeMS、アイセムス)拠点長の上杉志成教授=京都市左京区で2026年6月13日午後3時32分、太田裕之撮影
学生・大学院生からの質疑応答もあった。日常生活で心がけ、研究につながることについて、上杉氏は「好き嫌いをなくすこと。高校時代に物理が好きで化学、生物、英語が嫌いだったが、米国の大学で英語でケミカルバイオロジーを教えた。嫌いなものにチャンスがある」と回答した。
日本の科学が世界をリードするのに必要なことでは斎藤氏が「面白い研究は世界が見ていて、成果があれば勝手に人は集まってくる。楽しんで良い研究をするのが第一」と回答した。
最後にパネル討論があった。高等研究センター長でASHBi副拠点長の平岡裕章(やすあき)教授が進行役を務め、新たな展開として国際卓越研究大学、特にデパートメント制への対応などを挙げた。今後の10年のあり方として「知のパラダイムシフトをけん引し続け、次世代へ継承」「学内特区として既成概念の壁を打ち破り、学内のデパートメントを縦横につなぐことで未踏の新たな学術領域を切り拓いていく」が示された。
京都大高等研究院創立10周年記念のパネル討論で今後の10年について語り合う(右から)斎藤通紀教授、北川進特別教授、湊長博学長、森重文院長、野田進特別教授、平岡裕章教授=京都市左京区で2026年6月13日午後4時46分、太田裕之撮影
北川氏は「自然科学的な発想だけではだめで、人文科学的な考え方とのつながりが必要」と指摘。「すぐには役に立たないと言われるかもしれないことを大切にしていくカルチャーにしたい」とも話した。
湊氏は「世界的な社会課題について政府が諮問会議を作るのではなく、大学がプラットフォームを作る。世界の知が集まってディスカッションが起こるような場を実現してほしい」と期待した。
森氏は「高等研究院は分野を代表していない異分子として、いろんなデパートメントをつなぐことができる」と語った。
京都大高等研究院創立10周年記念で講演する野田進特別教授=京都市左京区で2026年6月13日午後2時41分、太田裕之撮影
野田氏は「レーザーの話は光、量子へと広がる。工学だけではなく、理学、医学、さらに文系的な見方で技術をどう展開していくかというつながりもできると、さらに発信できる」。海外からの人材招集について斎藤氏は「これまでの経験値が地盤にあり、無理のないペースで拡充していくことで体制を整えている。京都を希望する研究者の数が増えていると感じている」と話した。
式典では淵上孝・文部科学省研究振興局長、西脇隆俊知事、松井孝治・京都市長も祝辞を述べた。【太田裕之】