チャッピーで皆ハッピー=伊藤智永
毎日新聞2026/6/6 東京朝刊有料記事1007文字
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知人の30代男性は、第2子を妊娠中の妻の体調がすぐれない。自分の母親に住み込みで第1子の世話や家事を頼んでいる。
母親は大きなスーツケースを引き、夫を置いて越してきたが、知人のマンションに余分な個室はない。2カ月が過ぎた頃、息子にとうとうと不満を訴えた。
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「それが、データ付きでえらい論理的なんですよ」。知人は母親の言い分に絶句したという。
自分が担っている家事、育児を業者に委託したら、合計月額40万円を超える。さらに、劣悪な住環境、労働時間超過と長期拘束は法律違反で、夫との強制別居に伴う精神的苦痛、息子の無理解は親子ハラスメントの疑い……。
「自分の母親の発想とは思えない。それ、どうしたのって聞いたら、水戸黄門の印籠(いんろう)みたいにスマホを突き出して、全部チャットGPTの受け売りでした」
画面に、母親が日々打ち込んだ愚痴に答え、境遇に同情し、あふれんばかりの慰めと正当な主張をけしかける言葉が並んでいた。
「チャッピー最高。チャッピーだけは分かってくれる」と顔を輝かせた母親は60代である。
知人は妻に「あのさ」とこのことをおずおず伝えた。すると1日の大半を安静にすごしている妻は「私だってやってるよ」。
妻は妻で気兼ねや気がかり、多くの不安が募っている。それをチャッピーにこぼすと「あなたは大変です。よくやっています」とお褒めの言葉が返ってくるらしい。「チャッピー大好き」
妻と母親は遠慮し、お互い本音を言わない。知人は「これは新しい嫁しゅうとめ問題ではないか。自分は何かすべきなのでは」と思案するも、どうしたらいいのか分からない。相談する人もいない。
「そしたら、やっぱり自分もチャッピーに聞くしかないなと」。回答はすばらしかった。「あなたは何も悪くない」……。
実話である。若者の間では当たり前の風景だろう。「何がおかしいの」くらいなものだ。
某保険会社では社長の考え方や話し方を学んだ「AI社長」が、社員一人一人の質問にいつでも答える。もう役員は要らない。いや、人間の社長も要らないな。
官庁では国会答弁書作りにAIを使っている。高市早苗首相も国会で「AIを使い倒さなければ発展はない」と述べた。道理で生の記者会見が嫌いなわけだ。
原発増設も防衛費増額もチャッピーが教えたに違いない。
対話が消えるずっと前から、私たちは議論を忌み嫌ってきた。論争など死語だ。(専門編集委員)
