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AI라는 바벨 탑

작성자청소부|작성시간26.06.09|조회수5 목록 댓글 0

火論

 

AIというバベルの塔=大治朋子

大治朋子

毎日新聞2026/6/9 東京朝刊有料記事1022文字

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聖霊降臨祭(ペンテコステ)のミサで手を振るローマ教皇レオ14世=バチカンのサンピエトロ広場で2025年6月8日、AP

 <ka-ron>

 「バベルの塔」が建設されている――。ローマ教皇レオ14世が5月25日に発表した回勅(公的書簡)の中の言葉だ。人工知能(AI)の発展が現代版「バベルの塔」になりうるという警告だった。

 バベルの塔は、ユダヤ教の聖典、いわゆる旧約聖書の創世記に登場する伝説の塔だ。ノアの大洪水に見舞われた人類が、天にも届く高い塔を建設しようとしたことで神の怒りを招き、言語の乱れという罰を受け、工事ができなくなるという物語。人間の傲慢さに対する戒めともいわれる。

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 教皇による回勅は近年、世界へのメッセージとして受け止められている。就任後初の回勅で教皇は、AIシステムがもはや人間の管理下に収まらない存在となっていると指摘。「効率性のために人間の尊厳を犠牲」にする試みではないかと懸念を示した。AIは、偽情報でコミュニケーションを崩壊させていくとも警告した。

 対話型AIの急速な発展により、現代人の多くはAIが回答を示す「早さ」と「それらしさ」に魅了されつつある。自分で考える、思考する、苦悩することが「時間のムダ」のようにも思われ、作業を効率化している気分だ。「気軽な相談相手」をもてた高揚感さえあるかもしれない。

 

 

 

 だが一方で、「忙しさ」や「慌ただしさ」を感じている人もいるかもしれない。時間を忘れて「答え」を求めてしまうからだ。趣味に没頭したり、ぼうっと考えをめぐらせたり、そんな時間が減り、「答え」をもらい続けることに膨大な時間を費やす。その結果、自分が擦り減っているような感覚を覚えている人もいるかもしれない。

 人間の脳は元来、「なまけ者」(解剖学者・養老孟司氏)だという。「楽(らく)」をするため、人間を助けてくれる存在として機械を、そしてAIを生み出した。だがいつの間にかそのAIにつき従っているようにも思える。

 

 とはいえ「なまけ者」にも、譲ってはならない「一線」があるのではないだろうか。

 教皇は回勅でこう述べている。

 「計算によって道徳的な判断を下すことはできない。そこには良心や個人的な責任、他者を人間と認めることが含まれるからだ」

 家庭内や組織内でのトラブルから国際紛争にいたるまで、人間社会の問題解決に欠かせないものがあるとすれば、それは他者を自分と同じ人間と捉えるという「人間の視点」ではないだろうか。

 

 AIというバベルの塔の建設に夢中になり、人間同士のコミュニケーションが失われていくのであれば本末転倒だ。(専門編集委員)

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