入院した母の「長生き」
毎日新聞2026/6/14 東京朝刊有料記事869文字
<滝野隆浩の掃苔記(そうたいき)>
九州の施設から5月末、朝いちばんに電話があり、母が自室で転倒したらしいと知らされた。めったにナースコールなどしないのに、夜中にボタンを押したという。右足の付け根の痛みを訴えており、近くの整形外科でみてもらうことになった。
痛む部位を聞いて「ヤバい」と思った。母は20年近く前から、左右の股関節を人工関節にする手術をつごう3回受けている。7年前は左側に腫れが出て全置換して半年ほど入院した。こんどは右なのか。夕方、施設から再度の電話が。「お母さん、整形外科の先生の指示で手術をした病院に行き、そこに入院されました」。悪い予感はよく当たる。
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命にかかわる病状ではない。でも母はひとり。不安だろう。仕事をキャンセルし、すぐ帰省すべきなのか。台風6号も近づいていた。迷っていると、主治医から電話が入った。骨折があり、1カ月ほど様子をみながら手術をするかどうか判断するという。そして最後に「英語では『DNAR』というんですがね……」と言って、心肺停止時の蘇生処置について確認をされた。入院時に聞くことになっているのだろう。
子やきょうだいのいない高齢者はさまざまな困難に直面するが、息子がいても遠方だから、私の母も「身寄りなし」同然だ。今回のような延命措置に関する「医療同意」も身寄りのないケースと同様で確認に苦労する。病院としてはトラブル回避のため、事前に息子に聞いておきたかったのだ。母とはよく話をしていて即答できたが、いきなり聞かれたら面食らう。
改めて高齢者の生活のはかなさを思う。平穏に思えたのが、ちょっとしたことで一変する。
同じ九州に住む弟にまず行ってもらい、私も数日後に、見舞いに行った。個室から4人部屋になったが、母は環境の変化をさほど気にしていなかった。顔色も悪くない。少し安心した。ただ同じ話の繰り返しが急に増えた。「簡単には死なせてもらえんねえ」。何度も笑いながら言う。「もう死んでもよかよ。殺してくれんね。でもこんなこと言う人ほど、たぶん長生きするとやろうね、あはは」(客員編集委員)
