何のために戦ったのか=小倉孝保
毎日新聞2026/6/19 東京朝刊有料記事1010文字
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世界史には無駄な戦争が少なくない。指導者の気まぐれや、ちょっとした考え違いで戦いの火ぶたは切られる。欧州では、犬が衝突のきっかけになった例さえある。
第一次世界大戦が終わって7年後の1925年、ブルガリアとの国境地帯に駐留していたギリシャ兵が犬を飼っていた。愛犬が10月18日、国境に向かって走り出すと、それを追った兵士は知らぬ間に越境し、ブルガリア警備隊に射殺される。ギリシャ側は一斉射撃を始め、応戦されて死者が出た。
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ギリシャでは4カ月前、軍部によるクーデターが起き、セオドロス・パンガロス中将が首相になっていた。この独裁者はブルガリアに責任者の処罰と公式謝罪、遺族への賠償を求め、「応じなければ重大な結果を招く」と警告する。
要求が拒否されると22日に軍を侵攻させ、国境近くの町ペトリチとその周辺を占領、住民ら約50人が死亡した。5年前に創設されたばかりの国際連盟はギリシャに即時撤退と賠償を命じた。
かつてオスマン帝国の支配下にあった両国である。ギリシャは1832年、ブルガリアは1908年に完全独立を果たし、国境付近で小競り合いを繰り返した。第一次大戦では敵味方に分かれるなど緊張関係が続いていた。
「野良(迷い)犬戦争」とも呼ばれる軍事衝突から101年となる今、「無駄な戦争」史に新たなページが加わった。米国とイスラエルが2月28日、国際法を無視してイランを攻撃した戦闘である。
トランプ米大統領は「核兵器保有を阻止する」と強調するが、2015年に結ばれた核合意から一方的に離脱したのはトランプ第1次政権である。
米・イスラエル両軍は昨年6月にも核関連施設を空爆し「完全に破壊した」と誇っていた。実際は成果に乏しかったのか今回、再攻撃すると、イランにホルムズ海峡を封鎖され、世界経済の混乱を招いてしまう。
追い込まれたトランプ政権は17日、イランとの間で戦闘終結に向けた覚書を正式に交わした。最大の焦点だった核問題については今後、交渉が続くらしい。
イランは攻撃を受ける前にも核協議に応じていた。3カ月半以上、世界を騒がせた末、振り出しに戻ったに過ぎない。
イランでは初日の攻撃で小学校が破壊され、少女168人が命を落とした。トランプ氏は17日、「昔のことだ」と述べている。
人権を抑圧するイラン政府を擁護する気はないものの、無益な戦争による市民の被害の大きさに言葉を失う。(論説委員)
