高齢労働者の苦境 「無権利」状態の放置を許すな=東海林智(社会部東京グループ)
毎日新聞2026/6/19 東京朝刊有料記事1990文字
新型コロナウイルス禍のなか開かれた生活相談には多くの高齢者が訪れていた=東京都新宿区で2020年12月29日、東海林智撮影
高齢労働者が増えている。総務省の統計では、65歳以上で働く人は2024年で946万人に上り、働く人の7人に1人は高齢者だ。だが、仕事の選択肢は限られ、低賃金で劣悪な労働環境に追い込まれている人は少なくない。現場を歩くと、早急な支援体制の拡充が必要と痛感させられる。
高齢者の24年の就業率は65~69歳が53・6%、70~74歳が35・1%で、20年前からそれぞれ20・4ポイントと13・8ポイント増えた。背景には、少子高齢化で労働力不足が深刻化するなか、年金支給年齢が65歳へ段階的に引き上げられてきたことがある。高年齢者雇用安定法の改正で、企業には65歳までの雇用確保が義務づけられた。
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高齢者は必ずしも「働きたいから」働くわけではない。年金支給までのつなぎが必要で、年金が支給されても受け取る額が少なく生活できない事情が生じている。内閣府の高齢社会白書(25年)では、高齢者の働く理由の55・1%が「収入のため」だった。
高齢者の苦境を考えるきっかけがあった。
新型コロナウイルスの感染が拡大した、20年と21年の年末年始に生活困窮者への支援活動に携わった。食料品を配り生活相談に応じる取り組みで、高齢者や女性、若者の姿が目立った。
この3者には、不安定な雇用で低賃金で働く非正規労働者が多いという共通点があった。話を聞くと、普段はなんとか生活しているが、コロナ禍のような大きな社会的異変があると一気に困窮するのが分かった。
時給は最低賃金 早出分は無給に
ところが、コロナ後も困窮者支援の場には高齢者の姿があった。構造的な問題があると考え、高齢労働者の取材を重ねてきた。そこには、労働者としての「無権利」とも思えるような風景が広がっていた。
マンション管理人をする74歳の男性に同行した。2月末の午前6時前、都心の分譲マンションに約40分かけて自転車で現れた。
到着するなり半地下のゴミ置き場に直行し、山積みとなった可燃ゴミの袋を確認しながら整理。ゴミ集積所とマンションを往復し、7時半すぎにゴミ出しが終わった。その後は共用部分の清掃、住人への対応などで座る間もないまま働き続け、正午に仕事を終えた。
時給は東京都の最低賃金と同額の時給1226円で、午前8時~正午の4時間勤務の契約だ。契約より2時間以上早く来るのは、8時に出勤したらゴミ収集に間に合わないためだ。
だが、会社は早出分の賃金を払わない。「契約時間外に勝手に働いている」という位置づけだという。ゴミ出しが間に合わなければ「仕事ができない」と雇い止めになるかもしれない。そう思うと何も言えず、理不尽に耐える。最近は腰も曲がり、仕事がきつい。
80歳を超えて、都内の保育園で朝晩の忙しい時間に計4時間だけ働いている女性もいた。前述の男性と同じく最低賃金だ。残業代も交通費も出ない。「年金だけで生活するのは無理。都合良く使われていると思うけど、死ぬまで働くしかないの」と力なく笑った。
「地獄の入り口」 再雇用での生活
「再雇用は地獄の入り口」と話したのは64歳の男性だ。中堅の企業を60歳で定年となったが、会社が示した再雇用の条件は週3日、1日6時間。時給は都の最低賃金に50円上乗せした額で、月収は10万円程度だ。
ハローワークで仕事を探したが、低賃金の仕事しかなかった。コンビニエンスストアのレジ打ちを中心にダブルワークをする。「65歳で年金が支給されるが、額は少なく、低賃金で働く生活は続く」とこぼす。
労働者の権利を守るためにあるのが労働組合だが、連合の26年春闘で強調されたのは若年者の初任給引き上げやベアで、高齢者の問題が話題に上ることは少ない。連合役員が「一部を除き、再雇用の人は組合員の対象になっていない」と語る通り、職場の組合に入るのも難しいのが現状だ。
他方、高齢者に対する政府の支援は、仕事とのマッチングや求人開拓にとどまり手薄としかいいようがない。せいぜいシニア向けの失業手当がある程度だが、それも雇用保険に加入できている場合に限られる。
では、何が求められるのか。まずは「同一労働同一賃金」の徹底や最低賃金の引き上げなど、高齢者のみならず非正規労働者の構造的問題の解決が急務だ。企業には定年後に給与が激減する賃金体系の是正や年齢にあった仕事の提供など、再雇用の質を上げる努力が欠かせない。その上で、高齢労働者が抱える課題を洗い出し、具体的な処方箋を検討する時期に来ている。
高齢労働者の多くが置かれている過酷な状況は、個人の問題で対処するには限度を超えている。国や企業が本来負うべき「老後の安心」は、高齢労働者の困窮と忍耐にすり替えられていないか。働く尊厳も働く者の権利も、年齢に関係なく尊重されなければならない。
